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F.E.R.C Research Report - Report No.005
水晶ドクロの謎を追え!

1999/04/11 報告 報告者:伊達 徹
"オーパーツ"(Out of Place Artifacts)とは、「場違いな遺物」の意の造語。その当時では考えられない高度な技術を駆使したものや、近代の知識が書かれたものなどのことである。
1513年にトルコ海軍提督レイスによって作成されたピリ・レイスの地図。紀元前の古地図をもとに描かれたもので、当時は詳細の分からなかったはずの南米や南極大陸が正確に記されていた。1930年代にコスタリカで発見された人造大石球。現代でも極めて難しいとされる巨大真球が大小200も発見された。さらに、ギリシャのアンティキラ島沖合で2000年前の沈没船から機械の歯車部分が見つかり、それは自動回転式天球儀の一部と判明。作動ギアメカニズムの登場は1575年頃とされているにもかかわらず、である。
マヤの水晶ドクロもオーパーツのひとつと言われている。水晶でできた非常にリアルな人間の頭蓋骨で、発見者の名前をとってヘッジスの水晶ドクロと呼ばれ、伝説によると空から降りてきた人々によって与えられたという。古代マヤ人たちは、このドクロに不思議な力が秘められていると信じ、儀式の際、神官が神の声を聞くためや病気の治療に使用されたという。伝説の一説では「水晶ドクロは全部で13個あり、全てが再び一ヶ所に集結した時、宇宙の謎が暴かれ人類を救う」とされている。そして実際、研究者によって別のいくつかの水晶ドクロが発見されているのだ。しかし、アメリカの水晶ドクロ研究家、フランク・ニック・ノセリーノ氏によると、マヤ文明の遺跡から出土した工具は、石器や動物の骨から作られたものしか発見されておらず、当時の技術でドクロを作ったとは考えにくいという。水晶は、ダイヤモンド・ルビー・サファイヤ・トパーズに続いて硬く、石器製の工具での加工は難しい。
また、今世紀に入り幾度も年代測定を行ったが、作った年代を確定することはできなかったのである。大英博物館とスミソニアン博物館にある水晶ドクロの表面全体には、薄い平行線の傷が確認された。平行線の傷は、回転力を応用した工具が使われたことを意味する。しかし、マヤ文明にはこの技術はなかったはずなのである。また、ヘッジスの水晶ドクロのモンタージュを作成したところ、鼻の部分が比較的大きく下顎が丸みを帯びた人物、つまり古代マヤ人に似ていることがわかった。ヘッジスの水晶ドクロが本当にマヤのものであるとするならば、伝説にある残りのドクロはどこに眠っているのだろうか?
高度な天文知識と独特な宇宙観を持つ古代マヤ人たちは、西暦2012年人類の文明周期が大きな区切りを迎えるとも予言している。2000年もの時を経て伝わるこれらの伝説は、一体何を意味しているのか?
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