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F.E.R.C Research Report - File No.1090

オーパーツの謎を追え!
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2000/01/30  報告 報告者:伊達 徹、片山 健


オーパーツ(Out of Place Artifacts)とは、場違いな遺物の意の造語。その当時では考えられない高度な技術を駆使して作られた物や、近代の知識が何千年も前に書かれた物で、世界各地で発見されている。

1937年、イラクのバグダッドで古代パルティア王朝の遺跡から、奇妙な粘土製の壷が発掘された。壷は高さ15cm・幅9.2cmで、紀元前1世紀〜紀元後1世紀に作られたと推定され、壷の中には長さ10cm・直径2.6cmほどの銅製の円筒形物体が入っていた。更にその中には腐食が激しい1本の鉄棒が入っており、固定するために使われたと思われる天然のアスファルトも残っていた。実は、古代都市セレウキアの遺跡からも同様の壷が4個発見されており、調査したドイツ人考古学者のウィルヘルム・ケーニッヒ博士は、これらの小さな壷の構造は、電池以外の何物でもないという結論を出した。

今日、我々が使用している電池は1800年、イタリアのアレッサンドロ・ボルタが発明したもの。それは2つの金属を酸に入れて電流を取り出すという方法だった。そして、この方法をもとに電池の技術は進歩し、その後、マンガン電池などが登場した。マンガン電池の基本的な構造は、中央に炭素棒があり周囲は二酸化マンガンと電解液である塩化アンモニウムを混ぜたもので覆われている。マイナス極には亜鉛缶が使われ、亜鉛を塩化アンモニウムに浸すと、2個の電子を亜鉛金属の中に残して亜鉛イオンとなり、溶液の中に出て行く。これを電離という。そして、銅線を付けると発生した電子は、銅線を通ってプラス極に移動して電流が流れる
。このような一連の化学変化を利用して電流を取り出すのが電池である。一方発見された壷では、内部の銅の円筒は1枚の銅板を巻いたもので、低部は銅の円盤で塞がれている。腐食した鉄棒は、円筒の上部から頭を1cmほど出した状態で垂直に宙づりにされ、周囲の銅に触れないようにアスファルトで固定されている。鉄棒はその状態の悪さから何らかの酸性成分の液体に浸されていたと考えられる。古代に入手可能な酸としては果汁に代表されるクエン酸などがあり、電解液として使える。亜鉛と鉄は酸性の液体によってイオン化し、電子を放出して電流を発生させる。つまり、電池と壷は基本的構造が非常に似ているのである。

そして、1978年には、旧東ドイツで壷に関する実験が行われた。発掘された壷と全く同じ模型を作成し、電線を模型の鉄の棒と銅の筒へ接続。電解液にはブドウジュースを使用して、電圧:0.4ボルト、電流150マイクロアンペアが計測されたのだ。しかし、当時の遺跡から電池を必要とするような物は全く発見されていない。当時、パルティア人はイラン系の遊牧民で、東西貿易の中心として発展し、西アジアに巨大な王国を建設していた。そして、考古学上高度な金細工の産地だった。国際仏教学大学院大学の杉山二郎教授は、パルティア人が非常に高度な電気メッキ法による技術を持っていたと推測している。実験では、亜鉛合金のメダルを、金が溶けているシアン化金溶液に吊るし、コードでつないだところ、4時間後に見事に金メッキが成功した。

偶然の発見か、超古代文明の存在があるのか、今だ大きな謎が残る古代の電池。そこには近代文明の歴史とは異なる歴史が存在していたのかもしれない。





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