子どもの貧困 (第3回)

May 11, 2009 1:09 PM

今年初め、東京・日比谷公園の年越し派遣村を取材した時のことだ。
大晦日の夜に「村民」になった20代後半の若い男性がいた。
長髪でフードのついた黄緑色のジャンパーを着ていた。
派遣社員として三重県の電機工場で働いていて「派遣切り」に遭った。
住んでいた寮を追い出され、所持金も使い果たし、
直前の数日間はネットカフェや公園で眠る生活だったという。
食べるものに事欠き、野宿生活で疲れていたはずだが、
質問には屈託なく答えてくれた。
「うまいっすねえ」。そう言って雑煮をすすっていた彼にこれまでの経歴を聞いてみた。

北海道出身だという。同郷だったので親近感がわき、詳しい地元を尋ねてみると
私にも土地鑑のある場所だった。
幼い時に母親が病死し、父親が再婚。
しかし父親は家を出て行方不明になり、
義理の母親から見捨てられ児童養護施設に預けられた。
その後、高校を卒業するまでずっと児童養護施設にいた。
しかし卒業と同時に施設を出なければならず、
「寮があって働きながら通える専門学校」に入った。
この時点で血のつながらない実家や福祉行政からの援助は完全に途絶え、
自分で稼ぎ、自分で生きていく生活が始まった。
だが、専門学校にはなじめずに中退。
資格もないまま工場の派遣労働を転々とする生活を繰り返してきた。

児童養護施設は中学卒業や高校卒業で
施設を出たとたん、たった一人社会に放り出される。

蓄えもないままいきなり働き出さねばならないので、
選択肢は寮がついた工場派遣、寮がある飲食業、パチンコ業界など
限られたものになってしまう。

彼が行き着いたのは工場派遣だった。

現在、非常に不利を強いられている業種である。
真っ先に派遣切りに遭い、スキルアップも望めない労働だったから、
新しい就職先を見つけることは困難を極めている。

もしも・・・・児童養護施設を出る時に、あるいは出た後で、なんらかのサポートシステムがあれば彼の人生は
今と違ったものになったのではないか?
そんなことを彼を取材した時に感じた。

もうひとつ例を挙げる。

ネットカフェ難民生活を続けていた30歳近い男性を取材したことがある。
実家の家族に頼れずに逃げていると言っていた。
母親と義理の父親に幼い時から苛烈ともいえる虐待を受けていた。
犬小屋に鎖でつながれ、夜になると手の指の爪を1枚1枚はがしに親たちが
やってくる。耳にドライバーを突っ込まれたり、車の下敷きにされて骨を
折られたり。それを裏付けるように彼の顔や体は骨の歪みがあちこちにあった。
形だけ通っていた高校を卒業した後、
家を逃げ出し都会に出てきたが、
「身寄りがない」彼には身元を保証する親族が全くいないため、
まともな就職が出来ない。まともな賃貸住宅も借りられない。
さらに
就職や引っ越しなどに必要なまとまった資金もない。
結局、日雇い派遣で引っ越し仕事や倉庫仕事、工場派遣などを転々とする生活で
ネットカフェ難民の生活が長くなった。今も虐待のトラウマで不眠が続き、
精神状態が安定しないことがある。それゆえ仕事が長続きしない。

この男性も、もし子ども時代に虐待されていた頃、行政(児童相談所)が早めに発見して、
あるべき児童福祉の恩恵を受けられて、大人として生きていくためのサポートを受けることが出来たら、
おそらく違う結果になったはずだ。

そんな人たちと向き合うたび
「大人になってからの不利」と「子ども時代の不利」は相関があるのではないだろうか?
そんな疑問がふくらんだ。

先日、「子どもの貧困」の第一人者である
国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩さんの話を聞く機会を得た。
阿部さんは岩波新書「子どもの貧困」が話題を呼び、いまや政府機関や政党、財界など

あちこちから引っ張りだこという大変多忙な人だ。
わざわざ時間を割いて、記者たちのための勉強会で報告してもらえることになった。
阿部さんの報告は衝撃的だった。

阿部さんは様々な統計を読み解いて、そこにある社会問題を浮かび上がらせる仕事をしている。
阿部さんによると、日本では子ども7人のうち1人がすでに「貧困」といえる状態。
しかも、その貧困はこの20年ほどで急速に拡大し、貧困率は上昇中だいう。

貧困な状況の子どものデータを見ていくと、
健康状態、学力、虐待、学校での疎外感など様々な「不利」を
現在も受けている。
そればかりか、こうした子どもたちが大人になってからの状況を追跡すると、
「不利」が就職や寿命、健康、人間関係の欠如などに影響し、
大人になってからの生活水準に大きく関係していることが分かるという。
驚いたのは、日本では政府による所得の再分配の後で、
子どもの貧困率が上昇している、というデータだった。
欧米諸国など外国では再分配の後で貧困率は減少している。
考えてみれば当たり前の話だ。
税金を取って再配分するのは、社会の不平等を少しでも
なくす方向で配分する、つまり、貧困をなくしていく方向にする、
というのがどんな国でも目的だろう。
それが逆に貧困が増えるというのは一体どうした社会なのか?
政策が機能していないことをこれほど雄弁に物語っているデータも貴重というか
珍しいだろう。

子どものいる家庭の負担を減らしたり、給付を増やしていくことなど
経済状況を改善させる政策が子どもの貧困解消に有効だと阿部さんの示すデータは物語っていた。

そんなショッキングな事実を突きつけられて、
われわれ記者には何が出来るのだろうか考えさせられた。

このままだとますます子どもたちが報われずに
不平等な社会になっていくことは間違いない。

阿部さんから教わったことを生かして報道につなげていきたい。
他方で、阿部さんが各種のデータから紡ぎ出すような説得力ある報道を、
映像が主体の、テレビというメディアでどうやって実現できるか、という
大きな課題はある。
それは試行錯誤していくしかないのだろう。

(阿部彩さんの学説に興味のある方はぜひ岩波新書「子どもの貧困」をお読みください!)

5月5日の「子どもの日」。
この日は「ズームイン!SUPER」で新聞解説をする担当だったので
早朝から各紙の新聞をじっくり読んだ。
残念なことに「子どもの貧困」に直接言及した記事はほとんどなかった。
私が注目したのは、今人気を集めている経済評論家の勝間和代さんのコラム(読売新聞)とルポライターの鎌田慧さんのコラム(東京新聞)だった。勝間さんは日本社会の「少子化」はすでに20年前から深刻だったが、政府は適切な政策を実施してこなかったと指摘。若い年代で貧困が広がり、結婚できない「非婚・未婚」が増加する問題に手をつけるべきだと訴えた。鎌田さんは、娘さんがフランスで留学して結婚、出産、子育てを経験しているというエピソードを引きながら、保育所から大学まで公立ならタダで子育て・教育にカネがかからないばかりか、手当もたくさん出ると紹介。カネがかからないフランスの事情とカネがかかる日本を比べて、せめて教育費は無料にすべきだと主張していた。日頃、スタンスが違うようにみえるこの2人が奇しくも若い世代や子育て世代へのセーフティーネットの弱さをそろって指摘し、改善を提言している点は興味深い。
社説は朝日新聞が世代間の負担・給付格差(現状では子ども世代に薄く、高齢者に厚いといえる)見直しを訴え、毎日新聞が虐待などの問題解消を訴えていた。

「子どもの貧困」は、社会保障、雇用、医療、教育、税、家族、虐待、犯罪など
様々なテーマを包括するだけに報道の「とっかかり」は難しい。
映像では見えにくいだけにわれわれテレビ報道者にとってはどう報道するかは
難問でもある。

だが子どもたちにとって容認できない事態が広がっていることは
日頃のニュース報道を通じても
いろいろな局面でわれわれ自身がうすうす感じていることだ。

なんとかその突破口を切り開きたい。


水島 宏明

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