8月22日の放送でご紹介「ニンニク」豊川 真寿さん 32歳 豊川 歩美さん 31歳 (青森県・五戸町)

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豊川さんが就農したのは23歳の時。専門学校を卒業後、販売の仕事をしていましたが、お父様が23歳の時に病に倒れてしまいました。幼い頃からいずれは農業を継ぐことを考えていた豊川さんは就農を決意。何よりもご両親を助けたいとの思いで始めました。就農するときに抵抗はなく、「やりたい」「やりたくない」というよりも責任を感じていたそうです。
今の若い人が農業を楽しそうに思えないのと同じように、最初は全く楽しくなかったそう。
実際に自分が農業に携わることで、農業の難しさや経営の大変さ、体力的にとてもきつかったそうです。5時頃から起きて作業することもザラで、最初は起きられなくて大変でした。

豊川さんが栽培しているニンニクは、もともと青森にあった在来種です。気候的に暑すぎるとダメな作物なので、青森に適した品種と言えます。
収穫時季は掘りどきを見逃せません。逃してしまうとニンニクの中の粒が大きくなって割れてきてしまいます。この時期はパートさんをお願いして10~20人ほどで収穫作業を一気に行います。機械で一度堀りあげ、手作業で土や根っこを払っていきます。

収穫後すぐに出荷するのが、生ニンニクです。これは収穫した直後でないと食べられない限定のにんにくです。そのほかのニンニクは通常乾燥小屋に入れられ、温風をあてて1ヶ月間乾燥させます。そこでようやく出荷することになるのですが、この時乾燥させるのは皮の部分で、ここに水分が残ってしまうとカビが生えてしまい、長期保存には向かなくなってしまうので注意深く水分量を計測します。

10年もやってもうそろそろ一人で出来るようになったのでは?と質問したところ、
「10年では全然足りません。1年に1回しか収穫できないので、まだ10回しかやったことがありません。」
とのお返事が返ってきました。毎日日誌をつけているそうで、去年はどのようなことをやったか日誌を見て思い出しながら、今年はどうしよう?と試行錯誤するそうです。
その努力を続けてくれる人がいるから、私たちは美味しいニンニクが食べられるのですね。

ニンニク

原産地は中央アジアと推定されますが、すでに紀元前3200年頃には古代エジプトなどで栽培・利用されていました。また、現存する最古の医学書「エーベルス・パピルス」には薬としても記載されています。中国には紀元前140年頃伝わり、日本には中国を経て8世紀頃には伝わっていたと見られています。
独特の香気は香辛料として用いられるほか、魔除けとしても用いられてきました。

青森県五戸町

三戸郡北部の内陸部に位置し、総面積の半分以上を森林が占めています。
種差海岸は、青森県八戸市東部にある海岸。下北半島から続く穏やかな砂浜の景観と三陸海岸の険阻な岩礁と断崖の磯浜の景観がちょうど混ざり合う地点にあります。国の名勝に指定されています。
地名の由来には諸説あるが、アイヌ語の「タンネエサシ」(長い岬)から来ているという説が有力視されています。三陸復興国立公園に指定されており、また日本の白砂青松100選や新日本観光地百選などに選定されています。良質な鳴砂の砂浜でも知られています。