
小柳さんはお勤めなさった後に、23歳で就農しました。万能ねぎは小柳さんが生まれる前から栽培していたそうで、生粋の万能ねぎ農家さんです。
もともと将来は就農しようを思っていたそうですが、祖父母が体調を崩された際に安心してもらおうと、就農したのがきっかけでした。今はお父様・奥様と一緒に作業しています。
今では薬味として食卓を彩る万能ねぎですが、もともとは西日本の文化の野菜。
昔は青いところは捨てるという関東の食文化に一向に値がつかず、なかなか売れなかったそうです。
ですがそんな中、先人の努力のおかげで万能ねぎの名前は全国に広がりました。
そうして続けて作ってきたお父様を見習い、自分も日々勉強。
子供の頃から見続けてきたため、農業の大変さを知っていたのであまりギャップはなかったそう。今ではうまくできた時の喜びや、自分がしたことがきちんと返ってくる農業に魅力を感じています。
万能ねぎはハウスで周年栽培しています。万能ねぎで大事なことは色の濃さ。水分が少ないとすぐに葉の色が悪くなり枯れてしまうそうで、土の乾き具合をみて水やりをします。この絶妙なタイミングでまっすぐキレイな緑色の万能ねぎを収穫することができます。
万能ねぎは種から約3ヶ月で収穫です。水洗いで真っ白な根元が現れると、外葉をはぎ、最も新鮮な中心の1本のみに仕立てていきます。これだけは機械ではできない作業。
新鮮で美しいのは、
この何十年と変わらぬ1本1本手塩にかける手作業によるものだそう。
これからも末永く奥様と元気に美味しい万能ねぎを作り続けて行ってください!



葉ねぎを若どりした九条系の小ねぎで、柔らかく色もきれいです。昭和52年「生で良し、煮て良し、薬味に良し」をキャッチフレーズに、あらゆる料理に活躍する万能な食材として東京市場での販売がスタート。しかし、35時間に及ぶトラック輸送が品質に深刻な影響を与えました。そこで、空輸で時間を短縮するとともにJALのマークをつけて高級感を演出したところ話題となり、ブランドねぎとして成長しました。
この万能ねぎの人気が関東に葉ねぎ文化を広めるきっかけになったと言われています。
市内を北西から南東へと貫く最重要幹線道路である国道386号線から南側は盆地となっていますが、同道路から北側、すなわち市域北部から北東部~東部にかけて古処山をはじめとする600~900m級の山々が連なっています。また市域の南側には、境界にほぼ沿う形で筑後川が流れています。市中心部から北東約8kmの位置に旧城下町の秋月地区があり、「筑前の小京都」と呼ばれ、観光地となっています。
太宰府天満宮は、福岡県太宰府市にある神社で神紋は梅紋。菅原道真を祭神として祀る天満宮の一つ。初詣の際には九州はもとより日本全国から毎年200万人以上の参詣者があります。現在、京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされ、また菅公の霊廟として篤く信仰されています。

