7月19日 体が引き出してくれる声

「走りながら読んでごらん」
私の提案に、彼はキョトンとした表情になった。


先日行われた、日本テレビ系列局のアナウンス研修会。
テーマは「ナレーション」。各局の若手アナウンサーが集まり、
これまでに手がけた番組のナレーションを、その場で披露。
講師をつとめる私が、アドバイスを行う。


市民マラソンを取り上げた番組のナレーションを読んだ、男性アナウンサー。
声もいいし、内容も理解しているし、誠実に読み伝えようとしているのだが、
惜しいかな、スポーツの躍動感が足りない...。

「この研修会場中を走り回って、自分もランナーになって読んでみて」
"ムチャ振り"と感じたかも知れないが、男性アナはすぐに立ち上がり、
原稿を片手に、走りながら、大きな声でナレーションを行った。
結果は...大成功!響きのいい声が、いきいきと弾んで、細部まで整い、
スポーツの楽しさが伝わる、完成度の高いナレーションになった。


そう、頭で思い描いたことを表現するためには、体を動かしてみること。
頭で考えるよりも、身振り手振り、すなわち、体が引き出してくれる音声の方が、
なぜか的確なのである。


その後も、次々に体を動かしながら、参加した若手にナレーションを読んでもらった。
たとえば卓球がテーマなら、ラケットを振ってピンポンをしながら、
祖母と孫娘の交流を描いた話は、おばあちゃんの骨張った肩を揉む動作をしながら、
「見たことがありません」というときには、強くかぶりを振りながら...
動作によって声のリアリティーが増し、皆のナレーションはぐんぐん良くなっていった。


大歌手・美空ひばりさんは、「愛燦燦」を歌うとき、
「人生って、嬉しいものですね」のところで、いつもニコーッと笑った。
歌声に顔の表情を添える演出なのかしらと思っていたが、もしかすると、
晴れやかな笑顔をつくることで、自らの最高の歌声を、
毎回、引き出そうとしていたのかも知れない。

「今年の新人たちと」