7月14日 ピンチヒッター

若い頃、3週間だけ「3分クッキング」のアシスタントをつとめたことがある。

レギュラーで担当していた先輩アナが海外出張した際の留守番役。

私の覚束ない手つきと、気の利かないアシスタントぶりに、テレビを見た母が、

「あー、もっと料理を仕込んでおくんだった」と嘆いた。

収録スタジオの空気は、生放送のように、ピンと張り詰めていて、

先生と、画面には映らない助手の人たちの、見事な連係プレーに圧倒された。

料理は真剣勝負、と肌で感じた仕事だった。

 

1回だけ、「読響オーケストラハウス」の司会をつとめたことがある。

これもレギュラー担当者の出張によるピンチヒッター。

その回のテーマは「オペレッタ」であった。

紹介する機会が少ない分野なので、監修した音楽家が張り切って、

「番組全体を舞台劇のようにしたい。司会者も演者の一人だ!」

台本を開くと、いきなり、

「『ベアトリ姐ちゃん、ま~だ~ねんね~かい?』と司会、歌いながら登場」

とあり、目が点になった。

ただもう必死で舞台に上がり、出来はよく覚えていないが、

リハーサルで初対面の挨拶をした時に、オーケストラの団員が、

弦楽器の弓で弦を、管楽器の吹き口を指でトントントン…、と軽くたたいて、

歓迎してくれたことが、忘れられない。

 

BS日テレ「深層ニュース」も、3日間だけキャスターをつとめたことがある。

日替わりのテーマは「日中関係」、「ロコモティブ症候群」、「相続と遺言」。

BSの多様性と、一つのことをじっくり掘り下げられる面白さを味わった。

 

アナウンサーは、陸上競技に例えれば十種競技の選手、と後輩たちに言ってきた。

ニュース、ナレーション、インタビュー、スポーツ実況、司会、リポート…。

幅広く、バランスよく力を蓄えて、と偉そうに言う私自身の担当分野は年々狭まり、

今や、ナレーションと朗読。ほぼ一種競技である。

 

時折ピンチヒッターをつとめると、「よろずや専門職」のアナウンサーとして、

幾つになっても、幅を広げることを怠ってはいけないな、と反省する。