11月28日 2020 晩秋

秋日和が続いて、公園で、保育園児たちが、はしゃぐ声が聞こえてくる。
色づいたイチョウやケヤキの葉が、はらはらと舞い、夕日に輝く。
「これで、コロナさえなければねェ」
と、タクシーの運転手さんが、マスクの奥で、つぶやく。
今年の秋は、マスクのせいか、キンモクセイの香りに気づくことが少なかった。

 

春先から、出張がことごとく取りやめになり、
司会をするはずだったイベントもなくなって、
新幹線にも飛行機にも縁のない年になってしまった。

 

遠くに行かなくなった代わりに、在宅勤務の合間に、近所を散歩する機会が増えた。
これまで一度も訪ねたことのない、小さな神社やお寺。
意外な歴史や、ゆかりのある人物がいたことを知り、新鮮な驚きを感じた。
隠居の楽しみ…しかし、いつまでこの状態が続くのだろうか。

 

太宰治に「満願」という掌編がある。
肺を病んだ小学校の先生を看病する、若い妻。薬を取りに行くたび、医者は、
「奥さま、もう少しのご辛抱ですよ」と、言外に意味をふくめて大声で叱咤する。
三年たって、夫は全快。医者から“おゆるし”の出た妻は、
白いパラソルをくるくるっとまわしながら、飛ぶようにして家に帰って行く。
待つことの困難と美しさを描いて、忘れられない作品である。

 

今こそ、身近な人や自分自身に、語りかける時なのかもしれない。
「もう少しの辛抱ですよ」と、大きな声で。