1月10日 献立

おせち料理は三が日同じものを食べる。
彩り豊かであり、またそういうものだと思っているせいか、
特に飽きることもない。
しかし、これがずーっと続くとしたら、どうであろうか。


一年365日、同じ献立で食事をしていた芸術家がいる。
パリに約40年住み、大胆で斬新な抽象画で知られた、菅井汲(すがい・くみ)さん。
1919年、神戸生まれ。ポルシェを乗り回し、古希を過ぎてもブルージーンズの似合う、
ダンディーな人だった。


美術番組の撮影でアトリエにお邪魔したときに伺った、取材の合間のこぼれ話。
「食事は毎日同じです。朝は、パンとチーズとジュースとコーヒー。
昼は、スパゲッティーとサラミソーセージ。
夜は、季節のサラダと薄切りステーキ一枚、そしてご飯一膳」
時刻も一定だという。なぜそのようにしているのか?
「そう決めておけば、『今日の飯は昨日よりまずかった』とか、
『うまかった』とか思うこともないし、『明日は何を食べようか』と
思い煩う必要もありません。その分の時間、作品のことを考えていられる」


当時はバブル景気のまっただ中、テレビも雑誌もグルメブームに沸いていた。
「いや、僕はグルメを否定はしません」と菅井さん。
「美味しいものを追求したい人は、徹底的にそうしたらいいと思う。
けれど、心から楽しんで食べ、人生の時間をそれに費やして構わないと思っている人は、
本当はどのくらいいるんでしょうか?」


皮肉な響きは少しもなく、むしろ純粋で素朴な口調だった。
美味しいものを食べることは幸せだが、それだけでいいの?
あなたが本当に追い求めたいものは何なの?
美とは何かを考え続けた菅井汲さんの真摯な問いを、
30年以上たった今も時折思い出し、私自身に投げかけてみる。