8月30日 夜のしおり

『夜のしおり』という番組を見たことがある、という人は、若くても50代半ばであろう。

昔、日本テレビには、深夜の放送終了前、海や山の美しい映像と音楽にのせて、アナウンサーが語る、3分間のディスクジョッキー番組があった。

 

生放送ではなく、一週間分まとめて録音する。

担当アナは、まずその週の映像を下見し、レコード・ライブラリーで自ら曲目を選ぶ。

当時はリチャード・クレイダーマンのピアノや、ポール・モーリア・グランドオーケストラといった、イージーリスニングの音楽が全盛であった。

 

語りの原稿も自分で書く。

音楽にゆだねる時間もあるので、3分間すべて喋るわけではないが、一週間7本分、何かしらの話題を見つけて、形にするのは、新人の私にとっては難題であった。

学生時代の恩師がたまたま聞いていて、「君、ずいぶん幼稚なことを言っているね」と呆れられたり、最初の録音の時、後見についてくれた、アナウンス部で一番優しいと思っていた先輩から「話の内容は、可もなく不可もなく、といったところね」と、ぴしっと批評されて落ち込んだり…。今思えばこれも優しすぎるほどの言葉なのだが、ともかく、自分には人に話す事柄など何もないのだ、と思い知らされた仕事であった。

 

締めくくりは、諸先輩に倣って

「それでは今夜はこのへんで。おやすみなさい」

と言うのだが、聴いてくれた同期入社の友人から、

「先輩アナウンサーの『おやすみなさい』は、すーっと眠りにつける心地よい響きだけど、井田のは元気が良すぎて、『さあ、もう一度飲みに行くか!』という気分になっちまうぞ」

と、からかわれたりした。思えば同期の連中も皆若かった。

 

21世紀の若い人たちは、SNS発信で、自分の身の回りの話題を語るのに、慣れて、長けているのだろうか。ディスクジョッキー番組などなくとも、アナウンサーのフリートークの機会は、数多くある。

今、『夜のしおり』が復活したら、私はやっぱり話題探しに苦労するのかなァ…。

「おやすみなさい」

の言い方だけは、昔より少しうまくなっていると思うけれど。