「十文字に線を書いて、4つの端を曲線で繋いでごらん、鳥になるよ」
と教えてくださったのは、画家・脇田和さんである。
1980年代半ば、美術番組「美の世界」でアトリエをお訪ねした時のこと。
当時すでに80歳に近かった脇田さん。
温和な笑顔に、どこかいたずらっぽい目をして、
美術のことを何も知らないインタビュアーの私を、優しく迎えてくれた。
10代でドイツに留学し、5年間デッサンだけという、厳しい修業を経て生まれた
脇田さんの作品は、むしろ形にとらわれない、抽象画かと思うような具象画。
それでいて、何が描いてあるか、素人にもちゃんとわかる。
「十文字の鳥」は、デッサンの極意を、ちらと披露してくださったのかもしれない。
「スケッチをするときは、手もとを見ないようにするといいですよ」
これは、当時まだ若手の画家・安達博文さんのアドバイス。
やはり「美の世界」の取材だったが、「ためしに2人で描いてみよう」と、
居間で、寝転がった猫をはさんで画家と向き合い、私もスケッチをした。
つい手もとの紙を見たくなるのだが、そのたびに「ダメ!見ないで」と注意され、
猫が途中で向きを変えたので、そのまま反対側にも足を描いたりして…、
さて、どんなことになったやら、とおそるおそる下の紙を見たら、「いいじゃない!」
たしかに、粗いが、躍動感のある動物が描かれていて、面白い絵になっていた。
「スポーツ実況は、手もとの資料を見ないで、どれだけ喋れるかが勝負だ」
と、先輩のスポーツアナが言っていたのを、ふと思い出した。
線と色を駆使して、森羅万象を視覚でとらえ、描き出す美術。
言葉を発して、今起きていることを生き生きと表現し、伝えようとするアナウンサーの仕事。
手法は違うが、そして、画家は芸術家であり、アナウンサーは職人だが、
描写という共通項で、教えられ、納得し、考えさせられることが度々あった。
「美の世界」を15年半担当できたことは、私にとって生涯の幸せだと思っている。