8月25日 フジタの礼拝堂

フランスのシャンパーニュ地方、ランスの町に、
画家・藤田嗣治が内壁を描いた礼拝堂がある。
20年以上も前になるが、「美の世界」という美術番組の取材で、
パリの画廊に勤める日本人男性、Mさんと共に、この礼拝堂を訪ねた。
 

 
シャンパン会社の敷地に建つ、小さな礼拝堂。
こぢんまりとしているが、ステンドグラスや祭壇も凝ったつくり。
四面の壁に、キリストの生涯が、たどるように描かれている。
迷いのない輪郭線がひときわ美しい、フジタ最晩年の傑作。
完成の翌々年、彼は81歳で神のもとに旅立っていった。
  
「これだけ描いたら...思い残すことはないな」
と、自らも絵を描くMさん。
私も、ほーっと溜息をついて、しばしその場にたたずんだ。
 
礼拝堂の入り口近くにいた管理人さんが、微笑とともに話しかけてきた。
Mさんが通訳してくれる。
「フジタの芸術と、シャンパン会社の社長の財力が結集して、この礼拝堂が出来た、と言っています」
人が、その資質を生かしてつくりあげた、輝くような実りが、そこにあった。
  
帰り道、ランスの駅で列車を待ちながら、私はMさんに問いかけた。
「芸術性も財力も持ち合わせない人間は、どうずればいいのでしょうか?」
Mさんは重々しく答えた。
「シャンパンを、飲むことです」