5月17日 匂いの記憶

幼い頃、母が台所に立って、甘く香ばしい匂いが流れてきたことがある。

「ホットケーキを作っているのかな」

とワクワクしてのぞき込むと、ぬか床の米ぬかを炒っているところだった。

昔のことだから、衛生を考えて、炒っていたのかしら。

それにしても、ぬかみそからは想像もつかない、“おやつの匂い”だった。

 

何年かに一度、畳替えをした時の、新しい畳の匂いも好きだった。

いつまでも寝っ転がっていたくなるような、すがすがしい、イグサの匂い。

青味がかった畳表の色も目に鮮やかで、家の中が生まれ変わったような気がした。

 

明治生まれの祖父母と同居していた、戦前からの古い家。

二階の物干しは、足場の板が弱っているところもあったが、日当たりがよく、

布団を干すと、ふっくらして、その晩は、お日さまの匂いに包まれて眠った。

 

テレビは匂いが出ないから、現場リポートでは匂いの描写も心がけるように、

と、新人アナウンサーの頃、教わった。

暮らしの中の匂いは、この数十年で、ずいぶん変化している。

今、私の住まいには畳の部屋がなく、ベッドの掛布団をベランダに干しても、

昔の、綿がつまって、ずっしりと重い布団のような、日なたの匂いがしない。

自然のものに人が手をかけて生まれる懐かしい匂いは、思い出の中ばかり…。

せめて、新茶の香りと、筍料理の木の芽の香り、冬至のゆず湯の匂いは、

今年も絶やさないようにしよう。