2月22日 聞く人 話す人

美術番組「美の世界」を長年担当した縁で、早春、日本美術家連盟の機関紙のインタビューを受けた。

「美の世界」では、もちろん私が聞き手となり、芸術家のお話を伺ってきたのだが、今回、私は話をする側である。

聞き手は、かつて番組でも取材した、画家の入江観さん。美術家連盟の常任理事で、女子美術大学付属校の校長もつとめられた人格者だが、気さくで、駄洒落好きで、今も個展にお邪魔すると話が弾み、楽しくお付き合いさせていただいている。

入江先生にお目にかかれるなら、と気軽に引き受けて、インタビュー会場に行ったのだが、「私には、人に話すことなど何もないのだ」と思い知らされる経験となった。

 

「美の世界」は足かけ17年担当し、200人を超える画家、彫刻家、工芸家にインタビューしてきた。芸術の世界に生きる人々の言葉に、毎回、ハッとさせられ、大切なことに気づかされる瞬間があった。心の宝石箱に一粒ずつ、きらめく石をいただくような幸せを感じていたのだが、その思い出を話そうとしても、断片的なひと言が浮かぶばかりで、ストーリーにならない。私には、物語を組み立て、展開する能力がない…。

 

パリで取材した画家・菅井汲さんの印象を私がぽつりと話すと、入江さんが「ああ、菅井さん。僕、パリで勉強していた頃、菅井さんと野見山暁治さんと3人でよく卓球をしましたよ。壁に飾ってあった藤田嗣治の絵に、球をぶつけそうになったりしてね」…そんな面白いエピソードがあったとは。

フランス留学への船旅で、大男の船員にからかわれ続けた小柄な画家、島村達彦さんが、マルセイユで下船するとき、その船員がオイオイ泣いて島村さんを抱きしめ「ムッシュー、どうか、いい絵描きになってくれ」と涙ながらに言ったんですって、という話をすると、入江さんは、「そうね、僕らの頃までは、船で行く人が多かった。マルセイユに着いて、列車でパリに向かうと、まず、セザンヌの描いた青い空と海が見える!次に、ゴッホの描いたアルルの風景!…パリまでの8時間、僕は車窓に鼻をくっつけっぱなしで、外を見つめていましたよ」…実際に体験した人の話の力強さに、私の伝聞は、とてもかなわない。

 

メディア(媒体)の単数形はメディウム。絵具を溶く媒材(水、油など)や、霊媒という意味もあり、触媒にも通じる、という話を聞いたことがある。それ自身は化学変化を起こさないが、他の物質の化学反応を促進する触媒。私はやはりメディアの人間であり、相手の気持ちを活性化して、面白い話を引き出す役なのだ。

これからも、聞き手としての技量を磨き、仕事をしていこう、とあらためて思った。