「公開録音」という言葉は、子供の頃にラジオで聞いたことがある。
放送作家のエッセイでも目にした、何だか業界っぽい言葉。
その公開録音を、今回初めて体験した。
ラジオ日本で13年続いている朗読番組「わたしの図書室」。
普段は局の小さなスタジオでマイクと向き合い、小人数で録音しているのだが、
3月2日、ラジオ日本開局60周年特別番組として、羽佐間道夫さんと共に
日比谷図書文化館のホールで、200人の観客を前に公開録音をおこなった。
朗読した作品は、松本清張作「二階」。
昭和33年、ラジオ日本開局の年に発表された、短編ミステリーである。
男女のセリフ、そして地の文も羽佐間さんと分け合い、読み通す。
通常は、収録日に初めて二人が顔を合わせて読み合わせ、即、録音ということになるのだが、
今回は10日前にリハーサルをして、本番に向け、調整も入念におこなった。
「公開録音」と言っても舞台上の朗読会である。
いつものように「あ、間違えた、もう一度お願いします」というわけにはいかない。
私の担当分はトータルで25分ほどだがノーミスで乗り切れるか。
気になる言葉を、新人のように繰り返し発音練習する。
もっとも、トチらないことは、さして重要なことではない。トチりはないが味わいに乏しい朗読よりも、
トチっても情感あふれる朗読の方が、魅力的なのだ。
とはいえアナウンサーとしては、読み間違えたくない...。
いよいよ本番。幕が上がる前には、トクッ、トクッと自分の鼓動が聞こえるほどだったが、
「これは私の仕事」と自らに言い聞かせ、朗読を始めたら、落ち着いてきた。
会場の観客の静かな息遣いが、沿道の応援のように有難い。
読み手の私たちと同じ緊張感でミステリーを追う伴走者になってくれている。
ああ、これが舞台の心地よさなのか...。
羽佐間道夫さんに導かれ、音響、照明、さまざまなスタッフに支えられ、無事、幕が下りた。
翌日、肩から二の腕にかけての筋肉が痛かった。文字通り手に汗握って、
汗ばむ掌から台本がずり落ちないよう、一生懸命つかんでいたために、肩や腕に力が入ったらしい。
この歳になっても「はじめてのこと」があるのは嬉しい。この先もまだ、何かあるかしら?
放送は3月21日夜11時~、ラジオ日本にて。