3月7日 はじめての公開録音

「公開録音」という言葉は、子供の頃にラジオで聞いたことがある。
放送作家のエッセイでも目にした、何だか業界っぽい言葉。
その公開録音を、今回初めて体験した。


ラジオ日本で13年続いている朗読番組「わたしの図書室」。
普段は局の小さなスタジオでマイクと向き合い、小人数で録音しているのだが、
3月2日、ラジオ日本開局60周年特別番組として、羽佐間道夫さんと共に
日比谷図書文化館のホールで、200人の観客を前に公開録音をおこなった。


朗読した作品は、松本清張作「二階」。
昭和33年、ラジオ日本開局の年に発表された、短編ミステリーである。
男女のセリフ、そして地の文も羽佐間さんと分け合い、読み通す。
通常は、収録日に初めて二人が顔を合わせて読み合わせ、即、録音ということになるのだが、
今回は10日前にリハーサルをして、本番に向け、調整も入念におこなった。


「公開録音」と言っても舞台上の朗読会である。
いつものように「あ、間違えた、もう一度お願いします」というわけにはいかない。
私の担当分はトータルで25分ほどだがノーミスで乗り切れるか。
気になる言葉を、新人のように繰り返し発音練習する。
もっとも、トチらないことは、さして重要なことではない。トチりはないが味わいに乏しい朗読よりも、
トチっても情感あふれる朗読の方が、魅力的なのだ。
とはいえアナウンサーとしては、読み間違えたくない...。


いよいよ本番。幕が上がる前には、トクッ、トクッと自分の鼓動が聞こえるほどだったが、
「これは私の仕事」と自らに言い聞かせ、朗読を始めたら、落ち着いてきた。
会場の観客の静かな息遣いが、沿道の応援のように有難い。
読み手の私たちと同じ緊張感でミステリーを追う伴走者になってくれている。
ああ、これが舞台の心地よさなのか...。
羽佐間道夫さんに導かれ、音響、照明、さまざまなスタッフに支えられ、無事、幕が下りた。


翌日、肩から二の腕にかけての筋肉が痛かった。文字通り手に汗握って、
汗ばむ掌から台本がずり落ちないよう、一生懸命つかんでいたために、肩や腕に力が入ったらしい。
この歳になっても「はじめてのこと」があるのは嬉しい。この先もまだ、何かあるかしら?

放送は3月21日夜11時~、ラジオ日本にて。