5月10日 不慣れな分野

ニュースアナウンサーは、スポーツ実況が怖い。

「原稿無し!全部、自分の口から出る言葉で、生放送を喋らなくてはならないなんて…」と思っている。

一方、スポーツアナウンサーは、ニュースを担当するのを怖がる。

「一字一句、原稿通りに、間違えずに読まなきゃいけないんでしょ?」などと真顔で言う。

 

新人アナウンサー研修は、発声・発音から始まり、ニュースもスポーツも情報番組もバラエティーも、先輩アナからひと通りの基本を伝授される。この段階では、各自の担当分野は決まっていない。本人の希望と適性が違うこともままあるし、その時々の番組編成によって、アナウンサーの配置は大きく左右される。

それでも、次第に専門分野は定まってきて、

「実はスポーツはほとんど経験していない」とか、

「気がつけば、ニューススタジオには、10年ご無沙汰」とかいうアナウンサーも出てくる。

最初はシンプルな胚細胞が、成長して様々に分化していくような感じである。

もちろん、災害時などは総動員で情報を伝えるのが務めだから、担当分野にかかわらず、アンテナは日頃から広く張っておくことが大切であるが。

 

以前、声優の羽佐間道夫さんから伺った、大昔のNHKラジオの、ある高校野球実況の話。

(又聞きの、うろ覚えなので、おぼろな所はご容赦いただきたい)

全国各地に配属されたNHKの若手アナは、夏の甲子園の予選実況を担当する。

ベテランになってから歌謡番組の名調子で人気を博した、ある男性アナの若き日の実況を、羽佐間さんは、たまたま耳にしていた。

「びっくりしたよぉ。野球をちっとも知らないみたいなんだ。『球がバットに当たりました。選手は、右の方に走っていきます』なんて、実況している。でも、球場周りの風景描写や学校紹介はうまくてさ、そんなことを延々喋っているうちに、『あ、…どうやら、点が入ったようです。スタンドでは、校長先生もお喜び!』…笑ったねえ」

不思議この上ない野球実況で、先輩アナにはきっと叱られたことだろうが、ある意味で面白く、聞いてみたかったな、と思う。

不慣れな分野を敬遠せず、得意分野の技量を生かして、どこまでできるかチャレンジしてみると、新たな発見があるのかもしれない。ベテランになればなるほど、怖くてできないけれど…。