12月16日 美しい言葉

ずいぶん前のこと。美術番組の取材で、ある抽象画家のアトリエにお邪魔した。
100号を超える大きなカンバスに、多彩な色がおどっている。
土のような茶色、牡丹色、銀色、深い緑...。
どういう色が美しいのでしょうか、と、色の選び方を尋ねた。
 

 
「きれいな色、きたない色、というものは、ないんですよ。
同じ色の絵の具を、カンバスの、たとえばこの場所に置いたら、きれいに映える。
ところが、カンバス上の別の場所だと、何故か、見苦しくなってしまう...。
あるべき所に、あるべきタッチ(筆触)で描かれたとき、その色は美しい。
その構成とバランスを、僕はいつも探しているんです」
 
ああ、言葉と同じだ、と思った。
「美しい言葉」、「美しい日本語」を話そう、とよく言われるけれど、
上品と思われている言葉も、話す場やタイミング、口調によっては、聞くに堪えない時がある。
一見、優しい言葉が、心にグサリと突き刺さることも。
同じ言葉が、使われる状況によって、美しくも醜くも感じられる...。
 
今年、「サザエさん」で長らく波平さんの声をつとめた、永井一郎さんが亡くなった。
ファンがとりわけ惜しんだのは、カツオくんを叱る「バカもーん!」の声。
永井さんの葬儀で、旅立ちに際し、参列者から送られたのも、このひと言だった。
「馬鹿者」などという、本来は人に向けるべきではないはずの言葉が、
温かく、いとおしい響きを持って、人々の記憶に残っていく。
 
「あるべき所に、あるべきタッチで」
自分の発した言葉が、凶器とならないように。
そして、美しく、余韻のある構成とバランスを、むずかしいけれど、これからも探し続けていこう。