日本テレビのアナウンサー入社試験問題は、毎年違う。
私が受けた時は、句読点のない文章を自分の判断で区切って音読する、と
いうものだった。
さほど難しい文章ではない。落ち着いていればできる。
しかし、あわてると、わけがわからなくなってしまう...。
国語力よりも、緊張する場面での冷静さや度胸が試されたのかな、と思った。
日頃アナウンサーが読むニュースやナレーション原稿には、
もちろん句読点がついている。
しかし、その「、」や「。」の通りに音読することが正解ではない場合も、
しばしばある。
原稿の書き手は、自分の感覚で句読点を打つ。多くの場合、
(放送用原稿であっても)黙読して意味が通じるように打たれていて、
音読する人間のことは、あまり考えていない。
結局、アナウンサーが、耳で聞いた時の心地よさ、わかりやすさを判断し、
自分の呼吸で句読点を打ち直して読んでいる。
そう考えると、私の年の入社試験問題は、きわめて実践的であったのかもしれない。
時の流れにも、句読点のような区切りがある。
ちょっと休もうか、というコーヒーブレイクは、仕事の読点、と言えるし、
大晦日は一年の句点。
そして来年は、元号替わりという、時代の句点、節目の年である。
もっとも、箱根駅伝をはじめとするお正月の中継や特番で、
日本テレビアナウンス部は、年末年始が一年で一番慌ただしい。
大晦日に除夜の鐘を心静かに聴くゆとりのある部員は少ないだろう。
人生の句読点にあたるのは、入学、卒業、就職、そして、結婚、出産...エトセトラ。
それは一律ではなく、人によって、句読点の打ち方はさまざまである。
サラリーマン人生の句点といえば定年であろうが、定年過ぎても何となく居残って、
番組を担当したり、新人研修を受け持ったり、現役気分の抜けない私。
すみませんねぇ、何しろ最初の試験問題が、「自分の判断で句読点を打て」
だったものですから...と、今回は、相変わらずアナウンス部で大きな顔をしている私の言い訳。