「人間てのは、とてつもなく良いけれど、とてつもなく悪いね」
と、行きつけの喫茶店のマスターが言う。
私は、黙ってうなずく。
今年も、戦争のニュースを、聞かない日はなかった。
21世紀というのは、もう少し希望の持てる世紀になると思っていたのに、ゴヤが描いた19世紀初頭の「戦争の惨禍」と変わらぬ、いや、空飛ぶ兵器により、もっと無機的で残忍な殺戮が繰り返されている。
それでも私は、起きて、食べて、仕事をして…思うことはいろいろあるが、ささやかな自分の日常を支えるのに精一杯だ。
ジャーナリストの山本美香さんは、かつて、アフガニスタンの診療所や避難民キャンプでカメラを回しながら、「自分には何もできない」と無力感にさいなまれたとき、幼い息子を亡くした父親が、「来てくれてありがとう。世界中のだれも私たちのことなど知らないと思っていた。忘れられていると思っていた」と涙を流しながら感謝する姿に衝撃を受け、自分の役割を自覚した、と著書『戦争を取材する』に書いている。
山本美香さんのような仕事はできなくとも、大国の力関係や、経済支配のシステムによって蹂躙されている人々が、かけがえのない日常を取り戻すためには、どうすればいいのか、目をそむけず、考え続けることは、穏やかな日常を送っている人間の、せめてもの務めであろう。
ベランダの植物に向かって、
「もう人間はダメだよ。君たちの方が後まで残る。地球をよろしくね」
などと、つぶやいている場合ではないのだ。