10月17日 フロマネは命綱

1990年代後半、深夜のニュース「きょうの出来事」を、私が担当していた頃、K君というフロアマネージャーがいた。

黒い瞳がくりくりとして、気働きのある若者。専門学校を出て入ったテレビの世界が大好きなのが、はたで見ていても分かり、一緒に仕事をするのが楽しかった。

 

フロアマネージャー、通称フロマネは、スタジオの進行責任者。

サブコン、すなわち副調整室にいるディレクターの指示をヘッドフォンで聞きながら、出演者やカメラマンに目を配り、

必要な指示を与え、求められている方向に番組が流れていくようにつとめる。突発事件で、何からどう伝えていけばいいのか分からない時など、

フロマネは、アナウンサーにとって、荒海を照らす灯台、宇宙遊泳の命綱のような存在である。

 

この難しい仕事で、頼れる存在になろうと、K君は明るく懸命に取り組んでいた。失敗して叱られても、まっすぐ相手の目を見て、きちんと叱られることのできる若者。

「私に子供がいたら、K君みたいに育ってくれたらいいな」と思った。特にハンサムでもなく、学校の成績は良いのか悪いのかも知らないけれど、人間として健やかだ。

 

ある時、私も巻き込まれた事件があり、それを番組で伝える羽目になった。何となく重苦しい雰囲気のまま、キャスター席にスタンバイした時、

K君が、いたずらっぽい目をして「井田さん、今夜、どうですか?僕のアパートに」と周りに聞こえる声で言った。

ベテランのカメラマンが「おい、Kが口説いてるよ!」と囃し、スタジオが笑い声に包まれた。

その瞬間、緊張がほぐれ、私はいつも通りに番組をつとめることができた。ユーモアと優しさで、出演者の窮地を救う…フロマネK君の真骨頂。

 

その後、彼は別のテレビ制作会社に移って、他局の番組でディレクターになった。

7年越しの恋を実らせ結婚、子供も生まれた。ずいぶん長く会っていないけれど、きっと快活に仕事をしていることだろう。