10月16日  旬の味わい

「初物を食べると寿命が七十五日延びる」


季節がめぐり来るたびに、何度も呟いている。
昔、夕飯をご馳走になった下町の知り合いの家では、
「初物を食うときは、東を向いて三度笑う」
と言っていた。
ちゃぶ台を囲んで隣に座った小学生の息子さんが
「こうするんだよ。ワッハッハ、ワッハッハ、ワッハッハ!」
と豪快に笑って見せてくれた。


四季折々の山の幸、海の幸を、喜びと共に味わってきた私たち。
この秋も柿の実はつややかに色づき、不漁とはいえ、サンマは食卓に上る。
「食」は、あまりに身近なゆえに、軽んじられているふしもあるが、
文化の心髄と言っていいのではないだろうか。


言葉にも、季節ならではのもの、旬のものがある。


「爽やか」という言葉は、いつでも使えそうだが、
高く澄み渡った空に向かって深呼吸すると、
爽やかという響きがこれ以上ふさわしいものはなく、
ああ、秋の季語だった、とあらためて思い出す。


秋日和、虫の声、行く秋、釣瓶落としの秋の日...
釣瓶の井戸は使わなくなっても、言葉に残る昔の日常。
声に出すと、ちょっぴり楽しくなる。
旬の言葉の滋養が、心の寿命を延ばしてくれるのかも知れない。