11月7日 音を立てない工夫

腕時計は、しない。

ナレーション録りの時、原稿を置く台に、腕時計が当たって余計な音が入ると、録り直しになり、迷惑をかけてしまうから。

ただし、いつもカバンに入れて持ち歩いている。

司会をする会場に、時計が設置されているとは限らないから。そんな時は、おもむろにカバンから取り出し、司会卓に時計屋さんのように長く伸ばして、置いておく。だから私の腕時計の革ベルトは、とても長持ちする。

 

服も、素材によっては、余計な音を立てる場合がある、

薄手のレインコートのような素材と加工のジャケットや、人工皮革のスカートは、ナレーション録りの最中に、身を乗り出したりすると、シュルシュル…と、小さな蛇が移動するような音がして、「ごめんなさい!」となる。

特に私は、録音の際、手を動かしたり、首を振ったりして、声に感情を込めようとするたちなので、今日は声の仕事、という日は、ニットの、袖口にボタンもついていない服を選んで着ていく。アクセサリーも、ジャラジャラしないように、小さなペンダントぐらいしか身につけない。おしゃれには程遠いが、肩が凝らなくていい。

 

アナウンサー生活40年超。日々の仕事では、余計な音を立てない工夫をしているつもりだが、ごくたまに担当する仕事で、「あ、しまった!」と思うことがある。

音楽番組に縁がなく、コンサートの司会はこれまでに4、5回、つまり10年に一度ぐらいしか、経験していない。

開演のブザーが鳴り、静まり返ったホールの舞台に出て行く時、

「あ、この靴音、コツコツとうるさい!何とかしなきゃ」

と、いつも始まってから気づき、後悔する。とはいえ、抜き足差し足では、挙動不審の司会者になってしまう。結局、耳障りな靴音を会場に響かせて仕事を終え、「次は、靴底にゴムでも張って、音のしないようにしなくては」と反省。しかし「次」は、なかなか来ない。

そのうちに忘れ、10年ほど経ってまた「あ、しまった!」…これではプロとは言えないな。

この作文を書いて思い出したのを機会に、今度こそ、靴音のしないハイヒールを調達しておこう。しかし、10年に一度のペースとなると、私のアナウンサー人生で、コンサートの司会は、あと1回、巡ってくるかどうか…。