12月15日 スポーツアナから教わったこと

スポーツ実況の分野では、わずかな仕事しかしていない私だが、
スポーツ担当の先輩アナウンサーから教えられたことは、決して少なくない。
 
「実況には、『数字』と『色』をちりばめよ」
スポーツは記録が大切だから、数について喋るのは当然だが、
数字には、論理的に人を説得する力がある。
一方、色の描写は、感覚的に視聴者に訴えかけ、臨場感を高める効果がある。
 
「何も言うことがなかったら、上を見て、下を見て、右を見て、左を見ろ」
現場で見えるものは、画面に映っているものよりもはるかに多い。
四角い画面の外側にある、興味深いものを探し出せ。
  
そして、言葉ではなく態度で教わったことは、それこそ、言葉に対する貪欲さ。
晩秋の雨の日、サッカーや陸上で世界大会の実況を担当していた先輩に、
「こういう雨を『ひと雨一度』と言うんです。
雨が降る度に、気温が一度ずつ下がっていくから」と、天気予報担当だった私が話したら、
「ほう」と聞いていたその先輩アナが、直後の番組の出だしで、
「東京は、ひと雨一度と言われる、冷たい秋の雨です」と喋ったのには驚いた。
 
「先輩の技を"盗め"」とはよく言われるが、ウチの先輩は、後輩の言葉を平気でかすめ取っていく...。
 
また別のスポーツアナに、私が大好きな作家、
須賀敦子さんの『ミラノ 霧の風景』の出だしについて話したときのこと。
 
「乾燥した東京の冬には一年に一度あるかないかだけれど、ほんとうにまれに霧が出ることがある」
素敵でしょう?と言う私に、先輩はうなずきながら、
「いいねえ。マラソンで使いたいなぁ。
『霧の東京を、135人のランナーが走ります。乾燥した東京の冬には一年に一度あるかないかの霧です』...」
 
霧の東京マラソンの機会は訪れず、いまだ幻の実況だが、
放送したとしても、"パクリ"ではなく、本歌取りとして許されるのではないかしら。
 
自分で言葉を紡ぎ出すスポーツ実況アナの、猟犬のような感覚に、
のんびり、ぼんやりだった私も触発され、言葉の世界にいつしか魅了されていった。
  

(箱根駅伝やサッカーなど大忙しの年末。この時期恒例の部内の光景)