10月18日 速いよ

アナウンサーの緊張度は、喋るスピードで分かる。
10年以上の経験を積んだスポーツアナでも、初めて大舞台のメイン実況を任せられると、
出だしのコメントが、駆け出すように速く、間が充分に取れていないことが多い。
「あー、速い!もっとゆっくり」
実況の経験が乏しい私も、思わずテレビの中の同僚に向かって呼びかける。
 

実況している当人は、もちろん気がついている。
気づいているのだが、さながら急斜面のスキー板のように、
トン、と押してしまったドミノの列のように、コントロールがきかず、
喋りがどんどん、先に走って行ってしまう...。
スキーならばドスンとしりもちをついて転び、体勢を立て直すように、
ここは思い切って沈黙し、深呼吸するしかない。遅れ遅れの実況になりそうで怖いけれど。
スピード競技をゆったりと、大切な場面はじっくり待って、
時には敢えて「黙る」ことができるようになったら、スポーツ実況アナとして
熟練の域に入ったと言えるだろう。
 

若手アナは、ナレーションのスピードも速い。
口元の筋肉がよく動く、ということかもしれないが、ナレーションは早口言葉のコンテストではない。
聴き手とキャッチボールをするような、心地よいリズムと間がほしい。

ずいぶん前のことだが、日本テレビ系列各局の若手アナ研修に、
宮城テレビのベテラン、竹鼻純アナウンサーをゲスト講師として招いたことがあった。

ナレーションの時間。A局の若手が原稿を読む。
「竹鼻さん、いかがですか?」と司会役の私。
「速いよ」と、ひと言、竹鼻さん。あとは何も言わず、ゆったりと腕組み。
「そうね、あなたはこれこれね~」と、私が、細かいことをアドバイスする羽目に。
次に、B局の若手が読む。 
「竹鼻さん、いかがですか?」
「速いよ」
「そうね、あなたの場合は~」
以下同文。結局、竹鼻さんは参加人数分だけ「速いよ」と言って、講師の務めを終えた。
 

今、参加者が覚えているのは、竹鼻さんの「速いよ」という言葉だけだと思う。
あの、悠揚迫らず、朗々と響く「速いよ」は、思えばナレーションのお手本。
ひと言で範を垂れる、絶妙な指導だった...。