8月21日 「二重橋の思い出」 青木源太

私が幼いころの話である。
明治生まれの曾祖母が九州から東京に遊びに来ることになり、
「"きゅうじょう"に行きたい。」と言った。
私は「東京ドームで野球でも見たいのかな。」と思ったが、
よくよく聞いてみるとどうやら「皇居に行きたい。」ということらしい。
皇居はかつて「宮城」(きゅうじょう)と呼ばれていて、皇居と呼ばれるようになったのは、戦後になってからだ。
曾祖母に手を引かれ、二重橋前に行ったのを覚えている。

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「皇室日記」では毎回必ず顔出しのリポートをする。
そのときのロケ地として、最も多くの頻度でお邪魔しているのが、皇居の二重橋前である。
私も最近まで知らなかったのだが、
もともとここに架けられていた木造橋の橋げたが上下2段であったので、
「二重橋」と呼ばれるようになったそうだ。
それは写真の奥にある鉄橋の場所であり、手前のアーチが二重になっている石橋ではない。
また、奥の鉄橋と手前の石橋が二重に見えるから「二重橋」というわけでもないのだ。

 
 

普段は厳重な警備で中に入ることはできないが、
天皇誕生日や新年一般参賀のときには、正門をくぐり二重橋を歩いて渡ることができる。
また、秋には天皇陛下の傘寿を記念して、乾通りも特別に一般公開される。
11月下旬から12月上旬の期間の中で土日を含む連続5日間、紅葉の時期になるという。
ちなみに春、桜の開花に合わせた乾通りの一般公開には、5日間で約38万人が訪れ大盛況だった。

 
 
去年亡くなった島倉千代子さんの名曲「東京だョおっ母さん」には、
「おっ母さん ここが ここが 二重橋   記念の写真をとりましょね」
という歌詞がある。今でも二重橋前に立つと、「おっ母さん」ではなく、「ひいばあちゃん」を思い出す。