10月1日 森 圭介

ひねもすのたりと暮らしていたら、
子供の頃に思い描いていた未来が、いつのまにか来ていた。
 
もともとハイテクノロジーは好きだ。
技術の進歩もここまで来たかとか、
クラウドにアップしたからいつでもどこでも写真が見られるとか、
人工知能が将棋でプロ棋士に勝ったとか、
携帯電話に話しかけたら音声を認識していろいろ調べてくれるとか、
お肉をカチカチではなく、包丁で切れるくらいの固さで凍らせるとか、
個室に入ったら便器のフタが自動で開くとか、
「この商品を買った人はこんな商品も買っています」の中に
認めたくない本当の自分が垣間見えたとか。
 
とにかくテクノロジーの進化のスピードは、
人間のそれをはるかに追い越して、
私たちの暮らしを「便利の向こう」に連れていってしまった。
 
30年後の2045年。
人工知能は十分に賢くなり、
自分自身より賢い人工知能を作り出せるようになるという説がある。
より賢い人工知能が、さらに賢いものを作るというプロセスが
ものすごいスピードで繰り返される結果、爆発的に進化するのだ。
その瞬間のことを「シンギュラリティ」と呼ぶそうだ。
 
人間には理解できないくらい高い知能を持つ存在の誕生。
その地平の先に私たちの幸せはひろがっているのだろうか。
 
ちなみに今読んでいただいているこの文章は
スマートフォンの音声入力のみで書いている。
つまり正確に言えば、
「書いている」のではなく、「話している」のだ。
  
超スピードで進化するテクノロジーは
人間の暮らしを一気に変えてしまう。
キーボードやマウスからついに解放され自由を手に入れた私。
その姿をはたから見れば、
 
小柄な中年が小さな箱のようなものに小声で懸命に話している。
  
あの頃思い描いていた未来は、こんな景色だったのか。
機械に認識していただけるよう、仕事以上の丁寧な滑舌だ。
 
連れてこられた「便利の向こう側」。
人間を超える知能が誕生したとき、
私たちは機械に何をさせられるのか、今からとても楽しみなのである。
 
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