8月12日 山﨑 誠

夏の楽しみの一つと言えば、花火。
何気なく楽しんでいた花火にも、込めた思いがあることを知りました。
 
先日、
日本三大花火大会と評される、長岡花火に行ってきました。
 
会場は、信濃川の河川敷。
その芝の上に置かれたベンチに座り、見上げていると、
 
「どーん。どどーん。」
 
「あぁ、そうだ、この音だ。」
 
光の方が、音よりも速いことを再確認しながら、花火の音を思い出しました。
  
花火は、全てのプログラム合わせて、2時間ほどで、この日は39番まで。
それぞれ、打ち上がる前に場内アナウンスがあり、企画者の込めた思いが紹介されました。
 
その中には、
平和や子供の成長を願うもの、会社の創業100周年を祝うもの、
一番の盛り上がりを見せた「フェニックス」という花火は、
2004年10月に起きた、新潟県中越大震災を受けてのもので、
新潟県全体の人々を元気付けるため、そして、一日も早い復興を祈願しているそうです。
  
さらには、
高校の同級生達が還暦を迎えたことをきっかけに企画し、
これからの新たな人生の門出を祝う花火、というのもありました。
  
花火の大きさ、開いた時の形、それぞれに意味があるのだと知らされ、
これまではただ綺麗だなと見ていたのが少しばかり恥ずかしくなりました。
  
この夏、あとどれほど、花火を見られるかはわかりませんが、
その華やかさの裏にある思いについても、想像をしてみようと思います。
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