タイトル:
「明日の神話」/Title:Myth of Tomorrow
作者:
岡本太郎/Artist:Taro Okamoto
制作年:
1968年〜1969年/Year of Production:1968-1969
制作場所:
メキシコ/Place: Mexico
作品サイズ:
縦5.5m 横30m/Size:Height 5.5 meters, length 30 meters

「明日の神話」年表

1967年
来日したメキシコ人実業家から、メキシコシティ中心部に建築中のホテルへの壁画制作を依頼される。
1968年
渡墨。スーパーマーケットとして建築中の建物を転用した専用アトリエに入り、制作をはじめる。以後、大阪万博テーマ館の仕事の合間をぬって何度も渡墨し、制作を続ける。
1969年
ほぼ完成した壁画をホテルロビーに仮設置。最終仕上げの段階を迎える。
-依頼者の経営状況が悪化、ホテルは未完成のまま放置される。
-その後、ホテルが人手に渡る。壁画は取り外され各地を転々とするうちに行方がわからなくなる。
2003年
メキシコシティ郊外の資材置き場にひっそりと保管されていた壁画を岡本敏子が確認する。
2004年10月
(財)岡本太郎記念現代芸術振興財団内に再生プロジェクト事務局が発足。壁画の移送・修復に向けた取り組みが本格的に始動する。
2005年 4月
メキシコにて壁画を解体・梱包。日本への移送準備が整う。岡本敏子が急逝。
5月
神戸港に到着。
6月
六本木ヒルズではじめてのプレス発表を行う。
7月
愛媛県東温市の作業場に作品を搬入。修復作業がはじまる。
8月
接合作業を開始。日本テレビ放送網株式会社とメディアパートナーシップ契約を締結する。
9月
裏面補強がはじまる。「ほぼ日刊イトイ新聞」のサポートで、プロジェクトの公式サイトがスタートする。接合と補強が終わったパネルから順次立て起こし、画面修復に着手する。
10月
接合と補強が終わったパネルから順次立て起こし、画面修復に着手する。
12月
立て起こし作業が完了。ついに全貌を現す。
2006年 2月
松山の小学6年生に修復現場で特別授業を行う。
3月
地元市民を対象に、作業場の特別公開を行う。
4月
日本テレビで「公開カウントダウンイベント」が行われる。
5月
修復作業が完了。
6月
作業場から汐留へ移送。一般公開に向けた設置作業を行う。
7月
東京・汐留の日本テレビ・ゼロスタ広場で一般公開がはじまる。(8月末まで)日本テレビ系 全国ネットで特別番組放送。

岡本太郎「明日の神話」プロジェクト

2003年メキシコ・シティー郊外で見つかった、岡本太郎作の巨大壁画「明日の神話」を再生するプロジェクトが2004年立ち上がり、この度、日本テレビは「メディアパートナー」としてこのプロジェクトに参加する事が決定いたしました。

「明日の神話」について

「明日の神話」は、 メキシコ人実業家の依頼を受けた岡本太郎が、1968年〜69年にかけて何度も現地に足を運んで完成させ、1970年の大阪万博のシンボルとなった「太陽の塔」と‘対をなす’作品といわれています。岡本太郎の最高傑作であり、岡本絵画では最大の作品です(縦5.5m、横30m)。

作品は原爆の炸裂する瞬間をモチーフとし、未来に対するメッセージを描いたものです。炸裂の瞬間は残酷な悲劇を内包しながら、その瞬間誇らかに「明日の神話」が生まれると信じた、岡本太郎の痛切なメッセージを伝えています。

壁画は、新築ホテルのロビーを飾るために描かれたものですが、依頼主の経営状況が悪化したことでホテルは未完成のまま放置され、壁画も取り外されて各地を転々とするうちに行方がわからなくなっていました。しかし、ついに2003年9月、岡本太郎のパートナーであり、長年作品を探し続けてきた故岡本敏子がメキシコを訪ね「明日の神話」であることを確認し、発見に至りました。

発見の後、所有者との間で所有権の移転交渉を進め、2005年春に合意に達しました。4月には現地に技術者チームを派遣し、作品の解体・梱包作業を経て、5月28日に無事日本に到着しました。

 

作品は、長年にわたって劣悪な環境に置かれていたために、大きなダメージを受けていました。そこで、岡本敏子は、岡本太郎の最大・最高の傑作をこのまま朽ち果てさせるわけにはいかないと、作品を日本に移送、修復した後に、広く一般公開を目指すプロジェクトを立ち上げました。

本格始動した『明日の神話 再生プロジェクト』では、ゼネラルプロデューサー・平野暁臣、修復家・吉村絵美留(えみる)、構造家・中田捷夫が率いる“再生”チームが概ね1年かけて、バラバラで欠損部分もあった壁画を全面修復し、メキシコで完成した当事のきれいな姿に戻そうと懸命な作業を続けて来ました。そして、このプロジェクトの“メディアパートナー”となった日本テレビが、修復が完了した『明日の神話』を期間限定(2006年7月8日〜8月31日)で日テレプラザに展示する事になりました。日本テレビではこれを記念して特別番組の放送や、イベントの開催公式パンフレット・グッズの制作などで、壁画の復活を賑やかに祝います。 再生プロジェクトでは、岡本太郎生誕100年となる2011年までには、再生した作品に相応しい場所への恒久設置を目指しています。

また、岡本太郎、敏子の友人たちが作る、プライベートな応援団「太郎の船団(TARO’s Boats)」も結成され、各分野の第一線で活躍する著名人が、それぞれの立場、方法でプロジェクトを支援しています。

太郎の船団

「太郎の船団」は、発起人代表の一人である糸井重里氏が命名し、ロゴはアートディレクターの秋山具義氏がデザインしたものです。メキシコから35年振りに日本の地を踏むために載ったコンテナーをイメージしたロゴは、赤、青、黄色等の鮮やかな配色を用い、船団が太郎作品の再生にかかわれる喜びを表しています。



『明日の神話』常設展・会場の様子

2005年8月29日、平野ゼネラルプロデューサーと久保社長による序幕式。
日テレタワー2階ロビーに常設展が登場した。

常設展の前にて平野ゼネラルプロデューサー、糸井重里氏、久保社長。