真相報道バンキシャ!

ボンキシャ!?

微動だにせず

どうも!
先ずは時間いっぱいまで御出演いただいた東国原知事に感謝!

で、マイケルです。
1987年、マイケルジャクソン初めての東京ドーム公演。
日本テレビ入社前の私は会社にお願いして、チケットを購入。
そう、日本テレビが彼を招聘したのです。

開演。
いきなり、ロケットのようにステージ下からジャンピングイン!
ジャンプの高さは、3~4メートルはあったでしょうか?
その10年後、高校生クイズの登場シーンでMCの私がマイケルよろしくジャンピングイン
するとは、当時の私には知る由もありませんでした。
私は、1.5メートルくらいしかジャンプできませんでした。
(実はアレ、下でスタッフが一気に床をポンプアップするのです)。

動かない。
登場したマイケルが全く動かないのです。
あたかも歌舞伎で見栄をきるように3分くらい動かないのです。
どう、反応していいかわからないドームの大観衆。
「ひょっとして、これはマイケルではないのかも知れない・・・」
そう思った瞬間に、大音響で曲が流れ出すのです!

人間の技とは思えないマイケルのパフォーマンスの連射に言葉が出ず、
私はその後、数週間「ポゥ!ポゥ!」叫んでいました。

そのマイケルが・・・。

栄光とスキャンダルの人生。

実は2年前、バンキシャ生出演の話があったのですが、
放送直前にキャンセル・・・・。
会いたかった・・・。
そして、ドーム登場後に微動だにしなかった意味を聞きたかった。
「静」から「動」へ。
そして、永遠の「静」へ。

合掌。


2009年6月28日 20:32 福澤朗

減っている?

どうも!
何だかよく降りますね。

今年の東京の梅雨入り後の積算雨量は例年の2倍以上だそうです。
確かにこのところ深夜に雷雨が多かった。
今日も朝から雨だった。

そんな鬱陶しい日々に一服の清涼剤となるのがアジサイ。
漢字で書くと、「紫陽花」。
いいですねぇ、紫の太陽のような花。
種類も豊富でボリューム感も満点。

お菊さんの天気予報(関東地方のみ)でも紹介いたしましたが、
この時期の、「江ノ電」や「箱根登山鉄道」から見るアジサイは最高です!

ところが、このところ、減っていると思いませんか?
カタツムリ。
スタッフとの間でも話題となっています。
普段、動植物をよく観察している気象スタッフも、この頃見ないと言っています。
私は今シーズン一度も見ていません。
(ダンゴムシはたくさんいますが・・・。)

アジサイにカタツムリは欠かせません!
アジサイは葉っぱにカタツムリがいてこそ、アジサイなのです!
ぺーさんは隣にパー子さんがいてこそ、ぺーさんなのです!

きっと、環境の変化が原因でしょう。

ミツバチも減っているし、カタツムリも減っている。
やっぱり、小さな生き物から影響が広がっていくのですね・・・。

折角の雨なのですから遠出せず、たまには近所のアジサイの葉っぱの裏でもチェックしましょう。
そして、もし、カタツムリがいたらこう伝えてやりましょう。
「『景気は底を打った!』
って、バンキシャで宋文洲さんが2回も言ってたよ」と。
少しは元気になるはずです。

では、また来週!


2009年6月21日 20:18 福澤朗

突然

どうも。

それはあまりに突然でした。
土曜日の夜、「三沢光晴選手心肺停止」の第一報。
しかし、今にして思えば、その一報を受けた時間には既に天に召されていたことになります。

90年5月。
場所は東京体育館。
タッグマッチ。
相手チームのマスクへの執拗な攻撃をうけていた第二代タイガーマスクは
突然、自らマスクを脱ぎ捨て、三沢光晴になったのです。

その試合終了後、控室に去っていく三沢選手に花道でマイクを向けたのが
私でした。
『なぜ、マスクを脱いだのですか?なぜ、マスクを脱いだのですか?』
三沢選手は何も答えずにリングをあとにしました。

三沢選手とのお付き合いはその頃からです。

超世代軍のエースとして、ベテラン勢に牙をむく姿は
プロレスの実況中継を始めて間もない私を激しく鼓舞しました。

「エルボーの貴公子」「問答無用のひじ鉄砲」「天下無双のフェースロック」・・・・。

三沢選手にはいくつものフレーズを使いました。
自然と浮かんでくるのです。
その試合を目の当たりにしていると無意識に言葉が生まれてくるのです。
それほどに見る者の魂を揺さぶる試合でした。

天才的なレスリングセンス。
特にその受け身は「教科書」とも言われていました。
相手の技をきちんと受け止めて、そして自分の技を繰り出していくというスタイル。

それは日常においても同じでした。
相手の話をちゃんと最後まで聞いてくれました。
そして、その後、きちんと自分の意見を述べるのです。

プロレス以外の世界のひとからも愛されていたのはその誠実なひとがらと
決して「寡黙なひと」ではなかったその気さくな性格からでしょう。

満身創痍で試合をすることもしばしば。
三沢さんはいつもこう言っていました。
「いつもベストな試合はできないよ。ただその日に出来る限りの試合はしないとね。」

受け身の天才がどうして?という気持ちが拭えません。

きっと、その日も決して万全ではないコンディションで、でも出来る限りの試合をしようと
リングにたったのでしょう。

社長業とのレスラーの二足のわらじは想像に絶する苦労があったと思います。
お疲れさまでした。
天国で、ジャイアント馬場さんやジャンボ鶴田さんと一緒に「超時代軍」として
プロレス界の今後を見守っていただきたいと思います。

心からご冥福をお祈り申し上げます。
合掌。

2009年6月14日 20:22 福澤朗

交通事故

どうも!
梅雨入り間近です・・・。

幼少の頃、近所を父と散歩をしていた時のことです。
山手通りを爆音とともに猛スピードで走ってきた一台の乗用車が
私たちの進む歩道のすぐ側で、
スリップして横転して10メートル以上横滑りしました。
私も父もあまりの突然の出来事に身動きがとれず、
ただただその場に立ちつくすだけでした・・・。

そういうものです。

もし、その車が私たちに向かって滑ってきたとしても
それをよけることは不可能だったでしょう。
あまりにも一瞬の出来事なのです。

交通事故の60%は交差点で発生するそうです。
交差点には、歩行者用信号が青に変わるのを
今や遅しと待っているひとがたくさんいます。
そういうひとに限って、横断歩道のギリギリのところで
その時を待っています。

もし、車が歩道側に飛び込んできたら・・・・。
果たしてどれほどのひとがその危険を想定しているでしょうか。

「そのときはよければいいんだ」
どこかでそんなふうに自分を思いこませていませんか?
それは絶対に無理です!
横断歩道から一番離れた場所で待つようにしましょう。
自戒の念をこめて。

最近の交通安全教室では
子供たちに、運転手さんの目がちゃんと自分を見ているかを
確認してから横断歩道を渡るようにしましょう、と教えるそうです。

そんな時代になってしまいました。
自分の身を守れるのは自分しかいない。
毎日がサバイバルです・・・・。

また、来週。

2009年6月 7日 20:05 福澤朗