真相報道バンキシャ!

ボンキシャ!?

♪「春」という字は3人の日と書きます~。
という名曲がありました。
(石野真子さんの「春ラ!ラ!ラ!」)

今日の放送をもって番組を卒業するメンバーが
3人いました。
まさに、「3人の日」となりました。

今、テレビでは巨人VSアスレチックスの試合をやっています。
球春です。

今、花粉症のピークを迎えています。
毎日が花見、いや、鼻水です。

午後5時過ぎ、スタジオそばの窓からみる外の景色。
明らかに日が延びてきました。

近所の桜のつぼみも膨らんできました。

鈴江アナはモデルのきゃりーぱみゅぱみゅを知りませんでした。

春だからです。

新しい季節の到来です!

さぁ、気温の上昇とともにテンションも上げていきましょう。
花粉の気持ちになってまだ見ぬ場所に飛んでいきましょう。
マスクはしてても心はオープンに!
bankishapaneru.jpg

なお、日々進化するバンキシャ!
今夜の放送から「バンキシャ・パネル」なる最新システムが導入されました!


来年度も引き続きご愛顧の程を。
また来週!

2012年3月25日 20:04 福澤朗

卒業式

私の経験した卒業式は3回。
小学校、高校、そして大学。

中学・高校の6年間は男子校。
男だらけの汗くさい卒業式でした。
大学はもちろん共学だったものの、
2年間も留年したので卒業式に同級生はなし。
とっても寂しいものでした。

そんな中、地元の連中だけで楽しく過ごした小学校の
卒業式のことは今もしっかりと覚えています。

卒業証書をいれる筒を開けて、
それを糸電話のように耳にあてると何故だか海の中にいるような
音がします。
その音をきくと何だか落ち着くのです。
ちょっとだけ大人になったような気がしました。

クラスの全員がサイン帳を用意してお互いにメッセージや
サインを書きました。
その時に適当に書いたサインが今も私のサインの原型になっています。

卒業アルバムの将来の夢の欄には
『西武バスの運転手になりたい!』
その後、夢は車線変更(軌道修正)されましたが
あの頃から乗り物は好きでした。

小学校卒業後10年くらいして久しぶりに母校のそばまで行ってみました。
毎日道草を食いながら歩いた通学路。
意味もなく昇降を繰り返した個人宅の長い階段。
そして、学校の校門や校舎のすべてが老朽化し
びっくりするほど小さく見えたのです。

こうして感じる自分の成長というのもあるのです。


被災地の小学校。
津波の被害により、
あるいは震災後の児童減が止まらず、
統合され廃校になるところもあるようです。
多感な時期をすごした学舎(まなびや)がなくなることによる
喪失感は計り知れないものでしょう。

彼らが成人式を迎える頃、
被災地はどれほど復興しているのか。

復興後の日本を支える子供たち。
燃えてゆけ!ファイヤー!

また来週。


2012年3月18日 20:40 福澤朗

最強レスラー・故ジャンボ鶴田

nodasouri.jpgまさか、時の総理の口から
『(ジャンボ鶴田は最強レスラーであると)確信しています』
なんて言葉がきけるとは思いませんでした。

しかも、ジャンボ鶴田の『受け』のうまさを高く評価。
具体的には1985年の長州力との一戦をあげ、
長州の得意技・サソリ固めから逃げようとする鶴田の姿を
『イグアナのように』と表現!

何より鶴田選手を語る野田総理が実にいきいきしているのです。
かなりのマニアと確信しました。

プロレス中継担当としてまだ駆け出しの頃、
私はジャンボさんに色々可愛がっていただいたので、
そんなジャンボさんを熱く語る総理をみて
何だか嬉しくなりました。

プロレスも政治も
常に観客(国民)の存在を意識しながら
事を進めていくという点に関しては似ているかも知れません。

しかも相手(野党)の技を受け止めて、耐えて、こらえて、我慢して
そして反撃(反転攻勢)に出る。
何だか共通点が多々あるのです。

就任して半年間、耐え続けてきた野田総理が
この春、反転攻勢に出るかも知れません。

60分フルタイム戦い終えても
控室でピンピンしていたジャンボ鶴田。
総理はその無尽蔵なスタミナに
『あやかりたい』とも発言。

豪快なジャンピング・ニー・パットから拳をつきあげて「オ~!」と
叫ぶのが常だったジャンボさん。
そして、その「オ~!」に呼応してファンも拳をあげて「オ~!」と叫ぶのです。

ひょっとしたら、この春、政治の世界は大きな展開をみせるかも知れません。
総理が大技を炸裂させるかも知れません。
その時、国民があげる拳は怒りなのか喜びなのか・・・・。


来週の日曜日はお昼過ぎから「復興テレビ」。
被災地からお伝えいたします。
ではまた。

2012年3月 4日 20:39 福澤朗