真相報道バンキシャ!

メインキャスター:福澤朗/菊川怜

2009年3月アーカイブ

いざわ まん

IzawaMan2.png 脚本家。1945年8月6日、ソウル特別市生まれ。出生直後に帰国、長崎へ。
早稲田大学文学部仏文科を中退後、オーストラリアへ渡る。
帰国後、NHKのラジオドラマのシナリオコンクールに佳作入選したのをきっかけに、脚本家の道へと進む。
代表作の「外科医有森冴子」は放送終了後、何度もスペシャルが作られるほどの大ヒット作となった。 他にNHK「青春家族」NTV「同窓会」など。
また、テレビだけでなく映画や舞台のシナリオ、小説・雑誌への執筆、作詞など 幅広い分野で才能を発揮し、第一線で活躍。 作詞では久保田利伸「夜に抱かれて」がヒット。

かわかみ かずお

kawakamikazuo.jpg弁護士。1933年4月26日東京生まれ。血液型O。
1956年東京大学法学部卒業。
66年ハーバード大学ロースクール修士課程修了。
1958年検事任官。
東京地検検事、法務省公安課長・会計課長を経て1983年東京地検特捜部長に就任。
84年佐賀地検検事正、86年最高検検事、87年法務省矯正局長、89年に最高検公判部長に就任。
76年のロッキード事件では東京地検特捜部検事として捜査に加わった。
91年に退官し、北海学園大学教授、弁護士となる。
96年駿河台大学教授。
日本テレビ客員解説員。
著書に『好き嫌いで決めろ(1・2)』や多数の法律書がある。

いしはら そういちろう

コラムニスト。1963年3月12日、三重県生まれ。 三重県立松阪高等学校を経て、86年埼玉大学教養学部卒業。 大学時代に結成したミニコミ誌のサークルで『埼玉ラブホテルガイド』を刊行、 約2000部の売り上げを記録する。 雑誌の取材を受けるなどミニコミが評判になったことがきっかけで月刊誌『QA』の編集者となる。 92年、『大人養成講座』でデビュー。 以来、「大人モノ」の元祖&本家として世に「大人」の新しい概念と奥深さを知らしめている。 05年刊行の『大人力検定』が大ヒット。 07年には世の悩めるお父さんに捧げる『父親力検定』を刊行。 『大人力検定は』ニンテンドーDS用ソフトにも採用されている。 その他、有名企業の社風と実態を論じた『会社図鑑!』、 有名大学の校風とカラーを論じた『大学図鑑!』、『オトナの女養成講座』などの著書がある。 執筆の傍らラジオ『週刊!オトナ塾』『サンデーオトナラボ』などにも出演。 ユニークな視点や愛と皮肉を織り交ぜた特の言い回しが幅広い支持を集めている。

おおたか しょう

ShouOotaka.jpg


俳人。日本ペンクラブ会員。
1977年7月13日、徳島県阿南市生まれ。
立教大学文学部日本文学科卒。
13歳より俳人である母のすすめで作句を開始。
高校卒業と同時に初めての句集『ひとりの聖域』を出版し、"十代の句集"として話題に。
20歳で第二句集『17文字の孤独』出版。
新聞・雑誌への連載、俳句番組の司会により多方面から注目される。
現在は毎日新聞まいまいくらぶ『ケータイ俳句写真』などの選者としても活躍。
最新刊は、約10年ぶりの句集となった『キリトリセン』。
新進気鋭の女流俳人として、ライフワークである子供達とともに俳句を詠むワークショップや
小中学校での俳句教室などを通じて「言葉のたねを蒔く」活動を続けている。

よしだ じゅんき

yoshidajyunki.jpgヨシダソース創業者・ヨシダグループ会長兼CEO。
ソース王。
1949年12月7日、京都市生まれ。
7人兄弟の末っ子。
子供の頃から映画やテレビを通じてアメリカに憧れを抱く。
69年、19歳の時に大学受験失敗を機に500ドルを手にワシントン州シアトルに渡る。
不法移民として苦労を重ね、何度か強制送還させられそうになるが、人の助けで乗り切る。
住み込みの庭師や航空会社のキッチンで働きながら大学に進学。
授業料の代わりに少年時代に鍛えた空手を教えた。
言葉の壁や人種差別に苦しみながら空手で生活費を稼ぐものの生活は困窮を極め、
クリスマスプレゼントのお返しに困って、実家で受け継がれてきた焼き肉のたれを作って配った。
これが大反響を呼び、噂が広がってリクエストが殺到。
グルメソースと名付けたユニークなソースの商品化を決意し、82年ヨシダフードを設立。
醤油とみりんベースのソース製造販売を開始。
4度の倒産危機を乗り越え、現在は日産5~7万本規模で全米販売され、「ソース王」の異名を取る。
ソースは日本を含む世界14か国以上で販売され、ヨシダグループは航空貨物、スポーツウェア、
レストラン事業、旅行代理店など年商200億円の複合企業に成長。
05年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれる。
オレゴン州知事経済理事、子供ガン協会理事、全米空手連盟理事などを兼務し、地域貢献にも奔走する。
著書に『ビッグマネー ~ワタシはこうして成り上がった!~』 『人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで』など。
アメリカ人の妻とオレゴン州在住。娘3人に孫2人。

まつもと おおき

matsumotoooki.jpgマネックス証券代表取締役社長兼CEO。
1963年12月19日埼玉県浦和市生まれ。
76年、開成中学に総代入学。
開成高校から東京大学教養学部文科1類に進む。
在学中、高校時代の友人に誘われ塾経営を手伝い、サラリーマン以外の生き方があることを知る。
さらにアメリカを旅して言葉の壁に悩んだことから、英語をきちんと喋れるようになりたいと
外資系企業への就職を目指し、87年、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券に入社。
90年にゴールドマン・サックス証券に移り、債権トレード、デリバティブ取引などで実績を重ねる。
94年には30歳の若さで同社最年少パートナー(共同経営者)に就任。
99年、ソニーとの折半出資で、店舗を持たずインターネット上で展開するネット証券「マネックス証券」を設立。
00年8月には設立から1年4か月で東証マザーズに上場。
松井証券、イートレード証券などと並んで日本におけるネット証券の立役者として知られる。
さらに、ゴールドマン・サックスの株式公開益を捨てて起業したことも「10億円を捨てた男」として名声を高めた。
01年には米経済誌『フォーチュン』で「次代を担う世界の若手経営者25人」の1人に選ばれる。
著書に『10億円を捨てた男の仕事術』『こうすれば日本はよくなる!』『トーキョー金融道』など。
東京証券取引所グループ取締役。新生銀行取締役。

わたなべ みき

watanabemiki.jpgワタミ株式会社 代表取締役会長・CEO。1959年10月5日、神奈川県生まれ。 小学生の頃から起業家を志す。明治大学商学部を卒業後、ミロク経理や佐川急便で働く。84年に有限会社渡美商事を設立し、居酒屋「つぼ八」のFC店を開業。86年株式会社ワタミを設立。92年から「居食屋 和民」を展開し、96年10月株式店頭公開。2000年3月東証1部上場。有機農業生産法人や介護事業会社など「外食」以外にも農業、環境、介護、教育など幅広い分野に事業を拡大展開中。教育再生会議の有識者メンバーのほか、神奈川県教育委員会の委員を務め、教育分野にも積極的に関わっている。 09年6月より代表取締役会長兼CEOに就任。

いしかわ じゅん

漫画家。1951年2月15日生まれ。 愛知県豊田市出身。血液型B型。
明治大学商学部卒。
「トヨタ自工」に11か月勤務ののち漫画家に。
青年誌、少年誌にギャグ漫画を多く描き、キャラクターの「パンク・ドラゴン」が人気に。
代表作に漫画「薔薇の木に薔薇の花咲く」「憂国」「寒い朝」「ドラゴン・ブギ」、
エッセイ「鉄槌!」「吉祥寺気分」「漫画の時間」など。
週刊アスキー「だってサルなんだもん」、NHK「BSマンガ夜話」でも活躍。
最近は小説、エッセイ、映画出演などの仕事が多くなっている。
充実した個人HPでは「バンキシャ!」出演時の感想なども掲載。
自動車も愛好。自宅ガレージには最新型と30年ものの2台のアルファロメオが並ぶ。
沖縄にも事務所を構え、年の3分の1ほどは沖縄で過ごす。
最新著は『吉祥寺キャットウォーク3』 コミックビーム連載(エンターブレイン刊)
若者の集まる街、吉祥寺を舞台に、女子高生にヤクザに落語家に 大学教授にプロレスラーと、雑多な人たちが繰り広げる群像劇。 ishikawajun2.jpg

たけだ そううん

書道家。1975年6月9日生まれ。熊本県熊本市出身。
3歳から母である武田双葉に書をたたき込まれる。東京理科大学理工学部卒業後、
NTTに入社。01年1月、書道家として独立。現在は湘南を基盤に創作活動を続ける。
フジロックフェスティバルやモスクワ、ブリュッセルなどのイベントにて数多くのパフォーマンス書道を手がけ話題に。B'z、野村萬斎など様々なアーティストとのコラボレーションの実績も持つ。オリジナルの書道講義が話題を呼び、「課外授業ようこそ先輩」「世界一受けたい授業」などテレビ出演も多数。門下生300人を抱える書道教室を主宰。
著書に『「書」を書く愉しみ』『こころに響く論語』など。

しらかわ とうこ

shirakawa.jpg
ジャーナリスト・ライター。
1961年、東京生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。
雑誌『AERA』『日経ビジネスアソシエ』『プレジデント』や女性誌などで、未婚晩婚、少子化、恋愛などをテーマに働く女性のライフスタイルに関する取材、執筆を手掛ける。
「婚活(結婚活動)」を提唱し、山田昌弘中央大学教授との共著『「婚活」時代』が13万部の大ヒットに。
「婚活」は08年の流行語大賞候補にも選ばれる。各地で講演やセミナーなどでも活躍中。
著書に『結婚したくてもできない男 結婚できてもしない女』『キャリモテの時代!』など。

おちあい けいこ

ochiaikeiko.jpg作家。
1945年栃木県宇都宮市に生まれる。
明治大学卒業後、1967年文化放送にアナウンサーとして入社。
ゆったりと静かに語りかける話術と優しさで、幅広い年齢層に人気を博す。
30歳を前にした1974年、文化放送を退社し作家活動に入る。
1976年に児童書籍専門店「クレヨンハウス」を開く。
近年はフェミニストとしての視点から女性や子どもの問題についての評論・講演活動を行っている他、
高齢者や障害のあるひとたちの声を、あらゆる角度から追及している。
また現在「週刊金曜日」の編集委員も務めている。
2005年からはTBSラジオ日曜の早朝番組「おはようございます落合恵子です」で
15年ぶりにラジオ番組のパーソナリティーに復帰した。
主な著書に『だんだん「自分」になっていく』『わたし三昧』など。
最新刊に母親の介護日誌『母に歌う子守唄』。

やん いー

yan.jpg作家・小説家。1964年6月18日、中国ハルビン市生まれ。中国籍。87年、留学生として来日。当時は日本語を全く話せず、皿洗いなどの仕事をしながら授業料を稼いで日本語学校に通う。 お茶の水女子大学教育学部地理学専攻卒業後、在日中国人向けの 新聞社勤務を経て、中国語教師となる。日本語の小説を読み漁って 勉強を続ける。好きな作家は筒井康隆。好きな言葉は「土踏まず」。 07年『ワンちゃん』で第105回文学界新人賞を受賞し小説家としてデビュー。08年、『ワンちゃん』で第138回芥川賞候補。 同年『時が滲む朝』で第139回芥川賞受賞。中国籍の作家として、また日本語以外の言語を母語とする作家として史上初の受賞となった。日本人の夫とは数年前に離婚し、現在は2人の子供と都内在住。

かん さんじゅん

政治学者。東京大学大学院情報学環教授。専攻は政治学、政治思想史。 1950年8月12日、熊本県出身。O型。熊本県立済々高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程を修了。79年より西ドイツ・エアランゲン大学留学後、明治学院大学講師、国際基督教大学準教授を経て、東京大学教授から現職へ。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍。主な著書に『オリエンタリズムの彼方へ-近代文化批判』、『マックス・ウェーバーと近代』、『ナショナリズムの克服』、『姜尚中の政治学入門』、『日朝関係の克服』、『在日』、『ニッポン・サバイバル』、『愛国の作法』、『悩む力』、『母-オモニ』など。 夫人との間に一男一女。50歳にして運転免許を取得。趣味は絵画、ドライブ、登山。

ふじまき ゆきお

fujimakiyukio.jpgカリスマ・バイヤー。「フジマキ・ジャパン」代表取締役副社長。
1960年、東京生まれ。
82年、上智大学経済学部経営学科を卒業後、伊勢丹に入社。
29歳で業界の最先端だったアメリカのバーニーズへ出向。
バーニーズ・ジャパンにて レディスバイヤーを務めた後、
伊勢丹にて「解放区」、「リ・スタイル」ショップの企画・立案・運営や「BPQC」の立ち上げに参加し、
カリスマ・バイヤー として成功を収める。
00年、伊勢丹を退社後、キタムラ専務取締役などを経て、
03年10月、経営破綻していた老舗靴下メーカー「福助」の代表取締役社長 に就任。
経営再建に成功して一躍脚光を浴びる。
その後、イトーヨーカ堂の鈴木敏文会長に誘われ、05年、イトーヨーカ堂の取締役に就任し、衣料品部門の再 建を任される。
兄は、カリスマ・ディーラーとして活躍する藤巻健史氏。
現在は、健史氏が設立した投資会社「フジマキ・ジャパン」の代表取締役副社長。
人と 人とを結びつけ、ビジネスや人生をプロデュースする傍ら、講演活動などでも幅広く活躍。
著書に『藤巻幸夫のつかみ。』『勝ちたければ現場をつかめ!』『自 分ブランドで勝負しろ!』など多数。

かわもと ゆうこ

kawamotoyuko.jpg早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。
エコノミスト。
1958年生まれ。東京女学館小・中学校、東京教育大付属高校を経て、
82年東京大学文学部社会心理学科を卒業。
旧東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、88年英オックスフォード大学院修士課程修了。
同年マッキンゼー東京支社に入社し、金融機関などの経営計画策定に携わる。
95年から渡仏しマッキンゼーパリ支社にて勤務。
02年から道路関係四公団民営化推進委員、金融庁顧問などを歴任。
04年、大阪証券取引所の社外取締役、早稲田大学大学院教授に就任。
07年より総務省の年金記録問題検証委員会メンバー。
著書に『銀行収益革命』など。

ばんどう まりこ

bandoumariko.jpg昭和女子大学学長。元ブリスベン総領事。
1946年8月17日、富山県生まれ。
富山中部高校を経て、69年東京大学文学部を卒業。
総理府(現・内閣府)に入省。
75年、総理府婦人問題担当室が発足した時、最年少の担当官として参加。
80年よりハーバード大学へ留学。
統計局消費統計課長、埼玉県副知事を経て、
女性初の総領事として在オーストラリア・ブリスベン総領事に就任。
内閣府男女共同参画局長などを経て、03年に退官。
埼玉県知事選に出馬するが落選。
官僚としてのキャリアと2児の母としての役割を両立した経験を生かし、執筆や講演活動に幅広く活躍中。
女性としての振る舞い方をエッセイ風に説いた著書『女性の品格』(PHP新書)が200万部を超えるベストセラーに。
最新著に『親の品格』『凛とした女性の基礎力』など。

あさの しろう

asanoshirou.jpg慶応大学総合政策学部教授
1948年2月8日生まれ、宮城県仙台市出身。
1970年東京大学法学部卒業後に厚生省入り、1985年北海道庁福祉課長、
1993年厚生省生活衛生局企 画課長などを務めたあと退職、宮城県知事選に出馬当選。
3期務めた後、11月20日、任期満了で勇退。
知事の12年間の実績としては、全国市民オンブズマ ン情報公開度ランキングで1位になるなど
情報公開の全面改正を行った。
「障害福祉の仕事はライフワーク」と話すように、全国障害者スポーツ大会開催など、
 在籍中の福祉に関する業績は多大。
その他、ベガルタ仙台発足、国体、サッカーワールドカップ開催、東北楽天イーグルス招致なども行った。
09年5月に成人T細胞白血病を発症し、2年にわたり治療に専念。
骨髄バンクの登録者に白血球の型が合致するドナーが見つかり、骨髄を移植。
2011年5月に慶応義塾大学総合政策学部教授に復帰。
著書に『豊かな福祉社会への助走』『誰のための福祉か~走りながら考えた~』『政治の出番』『民に聞け』など。

いけがみ あきら

ikegamiakira.jpgフリージャーナリスト。
1950年8月9日長野県松本市生まれ。
73年、慶応義塾大学経済学部卒業後、NHKに記者として入局。
松江放送局、東京報道局社 会部で警視庁、文部省、宮内庁などを担当。
89年から首都圏向けニュースのキャスターを担当。
94年からは「週間こどもニュース」編集長兼お父さん役とし て好評を博する。
05年3月にNHKを退職し、フリージャーナリストに。
著書に『そうだったのか!現代史』シリーズや、『なるほど!日本経済早わかり』
『あなたの会社は狙われている!?~ライブドア騒動が教えてくれるもの』など多数。

ささき かをり

sasakikaori.jpg株式会社イー・ウーマン代表取締役社長。
起業家・経営者。1959年5月12日生まれ。
上智大学外国語学部比較文化学科卒業後、87年に国際コミュニケーションのコンサルティング会社を設立。
テレビ朝日「ニュースステーション」のリポーターなどを務める。
00年、市場創造型マーケティングコンサルティング会社を設立し、
同年、インターネット上のコミュニティーサイト「イー・ウーマン」開設。
バナー広告を掲 載しないユニークなサイト展開で、サイトに集まる消費者の声を拾い上げ、
新商品開発やブランド再構築などを提案。
時間管理術やコミュニケーション術、女性 幹部育成などの人材育成プログラムや企業研修を提供。
内閣府「国民生活審議会」委員や上場企業の経営諮問委員などを歴任。
女性、マーケティング分野を中心 に執筆や講演などで活躍。
著書に、『自分が輝く7つの発想』『妊婦だって働くよ』『ミリオネーゼの手帳術』など多数。
海外渡航歴は約30か国。2児の母親。

こぐれ ひでこ

kogurehideko.jpg1947年、埼玉県生まれ。
イラストレーター、エッセイスト。
東京学芸大学卒業後、渡仏。
4年間のパリ生活後、ブランドデザイナーとして活動する。
雑誌『流行通信』でごはんエッセイの連載をきっかけにイラストレー ターとしても活躍。
一方で、「食」「暮らし」「海外体験」に関するエッセイストとしても人気を博し、
食卓にはいつも多くの仲間が集まる。
『こぐれ家によう こそ』『パリを歩こう』『こんな家に住んだ』など著書も多数。
毎日の食事を写真日記として公開しているホームページ「ごはん日記」が大好評。
テレビは 「きょうの料理」「おしゃれ工房」などに出演。

くらた まゆみ

漫画家。
1971年7月23日、福岡県生まれ、獅子座、O型、漫画家。
趣味は麻雀。
一橋大学商学部卒業後、ヤングマガジンギャグ大賞に応募して大賞受賞。
平成12年、情報誌「SPA!」で駄目な男性を好きになってしまい、
ひどい目にあっ た女性たちを題材にしたノンフィクション漫画「だめんず・うお~か~」を連載、一躍人気者に。
恋愛についての発言や著書でも知られ、
斎藤孝明治大学教授との共書「喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな」もある。
愛称"くらたま"。
28歳で結婚、男の子をもうけるが30歳で離婚。
現在は両親と息子が住む福 岡と、東京を往復する生活。
著書に「突撃くらたま24時―東京デンジャラス探訪」「たま先生に訊け!」
共署に「うさぎとくらたまのホストクラブなび」「だめ恋愛脱出講座」など。

さいとう たかし

saitoutakashi.jpg明治大学文学部教授。教育学者。
1960年10月31日生まれ。静岡県静岡市出身。
県立静岡高校卒業後、東京大学文科1類、法学部に進学。
93年、東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。
慶応義塾大学非常勤講師などを経て、03年4月より明治大学文学部教授。
専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。
身体の視点から日本語を捉 え、「声に出す」「3色ボールペンを用いた読書・情報活用法」などを提唱し、誰にでもできるシンプルな方法で日本語力アップを説く。
教育現場以外にもビジ ネスや日常生活にも通じるこの方法論は「齋藤メソッド」と呼ばれている。
著書『身体感覚を取り戻す』で新潮学芸賞を受賞。
01年『声に出して読みたい日本語』が150万部を超えるベストセラーとなり、毎日出版文化賞特別賞受賞。
その他、日本語教育学からビジネス書まで幅広い分野で著書多数。

たなか まさみ

tanakamasami.jpg元水泳選手・シドニー五輪銅メダリスト。
1979年1月5日北海道出身。中央大学法学部卒業。7歳で本格的に水泳を始め、競泳平泳ぎの日本代表選手として、アトランタ・シドニー・アテネ五輪3大会連続出場を果たす。高校3年生の時に、初めてアトランタ五輪に出場。200mで5位入賞。シドニー五輪には大学4年生で出場し、400mメドレーリレーで銅メダルを獲得する。アメリカ留学を経て、集大成で迎えたアテネ五輪の200mでは、100分の5秒の差で惜しくも4位に終わった。
現在も、1999年に樹立した400mmメドレーリレー短水路日本記録を保持している。
2005年に現役引退後は、全国で水泳教室を展開しているほか、スポーツコメンテーターやタレントとして活躍中のほか、ミズノスイムアンバサダー、鎌倉女子大学スポーツアドバイザー、ティップネススイムアンバサダー、JICAなんとかしなきゃ!プロジェクトメンバー、日本体育協会情報誌編集部会員として活動を幅広く展開中。
著書に『きれいに速く泳げる田中雅美のスイミング』など。

さくらざわ えりか

sakurazawaerika.jpg漫画家。1963年7月8日、東京生まれ。
東京都立向丘高校2年の頃、自販機本「少女アリス」に興味を持ち、
出版社を訪れたことをきっかけに文章と漫画を雑誌に掲載するようになる。
19歳で漫画家としてデビュー。
同時期にデビューした岡崎京子や内田春菊らとともに、女性の心情をリアルに描写し、
性的な内容も大胆に描き時代を担う若手女流漫画家としてブレイク。
85 年に初の単行本『ウーくんのソフト屋さん』を出版。
以後、短編集『かわいいもの』『フールズ・パラダイス』『チェリーにおまかせ』など、
思春期の少女を主人公とした作品を発表。
91年から93年にかけて発表した『メイキン・ハッピィ』で不動の人気を得る。
元DJで現在は専業主夫の夫との間に一男一女。
出産 後は自身の体験を元にエッセイ漫画『今日もお天気』シリーズを発表。
06年には『贅沢なお産』がTVドラマ化、『天使』が映画化される。
現在はコミック誌 やファッション誌、ウェブを中心に多方面で活躍。
その優雅なライフスタイルから"セレブ漫画家"としても知られ、独自の結婚観や育児論は女性を中心に幅広い支持を得ている。
趣味はバレエ鑑賞、買い物、健康道追求。

よこもり りか

yokomoririka.jpg作家・エッセイスト。
1963年5月19日、山梨県生まれ。
母は国語教師、父は美術教師。
父の死後、母親の転勤に伴い高校2年から東京・三鷹の明星学園高等部に編入。
多摩美術大学グラフィックデザイン科映像デザインコースに進む。
在学中はビデオアートやドラマの台本、映画評執筆などに熱中。
卒業後、映画評や美術・トレンドのコラムから執筆活動を開始。
その後、ニューヨークに2年滞 在し、NYのカルチャー情報を日本の雑誌に寄稿する傍ら、小説を書き始める。
帰国後は女性誌「クレア」の突撃ルポライターとして数多くの体験記事を手がけ話題となる。
29歳の時に『ニューヨーク・ナイト・トリップ』で作家デビュー。
80年代の東京を舞台にした『ぼぎちん バブル純愛物語』(94年)は、現 代日本人の経済と愛、
女性の自立をリアルに描いた小説として高い評価を得、
文化庁の現代日本文学の翻訳・普及事業に選ばれ『TOKYO TANGO』とい うタイトルで翻訳された。
『地味メシダイエット』『愛しの筋腫ちゃん』『横森式おしゃれマタニティ』など、
女性の生き方をテーマにしたエッセイも定評がある。
1児の母。

はやし けいこ

hayashikeiko.jpgアパレル通信販売会社Do CLASSE(ドゥクラッセ)代表取締役社長。
1959年3月16日、愛媛県今治市に生まれ、松山市で育つ。
81年、津田塾大学英文学科卒業。
学生時代から経営者を目指し、卒業後は米国オレゴン州立大学心理学部に転入。
卒業後、日系企業のアシスタントから米国でのキャリアをスタート。
その後、広告代理店に入社し、マーケティングの経験を積む。
87年、帰国し広告代理店に勤務。
89年、マスターフーズ入社。
95年、世界最大の玩具メーカー米マテル社の日本法人マテルジャパン入社。
98年、ランジェリー市場最大手、米国ヴィクトリアシークレット入社。
カタログ経営、通販ビジネスの面白さに目覚める。
99年、日本 ランズエンド代表取締役社長に就任。
05年日興アセットマネジメント社外取締役に就任。
同年、Asian Wall Street Journal からアジアで最も注目する女性経営者10人に選ばれる。
07年、念願だった通信販売ブランドDo CLASSEを創立。
座右の銘は「天命を信じて人事を尽くせ」。
食、音楽、ワイン、インテリアなど生活を楽しみ、人と関わることをこよなく愛する。
無類の 猫好き。

すぎやま くにひろ

sugiyamakunihiro.jpg東京相撲記者クラブ会友。
放送ジャーナリスト。
元NHKアナウンサー。
日本福祉大学生涯学習センター長、中京大学体育学部大学院非常勤講師。
1930年福岡県小倉生まれ。
53年、早稲田大学文学部卒業後、NHK入局。
スポーツアナウンサーとして各種のスポーツ放送を担当。
東京・メキシコオリン ピックでは実況中継を担当し、豊富な知識と手堅い語り口が高く評価される。
81年の大関貴乃花引退の放送では思わず絶句し、
週刊誌に「泣きの杉山」と報じられ「人情アナ」の異名をとる。
87年の定年以降も94年まで45年間大相撲中継を続け、現在は放送ジャーナリストとしてテレビ、ラジオで活躍。

ばんどう ふみよ

bandoufumiyo.jpg人材開発コンサルタント、セレブリティInc代表取締役社長。
1961年9月29日生まれ。
82年、藤和不動産(株)企画本部入社。
97年、企業の合併・統合、組織機構や業務プロセスの見直しなど
変革期を迎えた組織の改革を支援する「セレブリティ有限会社」を設立。
ナイキ・ジャパン、キヤノン、三菱重工業など各分野の大企業において、
リーダーや幹部層を対象にリーダーシップ、コーチング、ネゴシエーションなどの教育研修を提供。
ユニークな教育手法は人気が高い。
リーダー育成を中心に研修やエグゼクティブコーチング、講演などで幅広く活躍中。
趣味はアルゼンチンタンゴ、世界各地のスパリゾート巡り、料理、ワイン。

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