解説者紹介

※年齢は2018年4月1日現在

山本浩二

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1946年10月25日生まれ(71歳)
県立廿日市高→法政大→広島(1969~1986)
「ミスター赤ヘル」としてファンに親しまれ、背番号8は球団史上初の永久欠番。
通算536本塁打は大卒選手としては史上最多。
ホームラン王4回、打点王3回、首位打者1回、ベストナイン10回など様々なタイトルを獲得。
引退後は1989~1993年、2001~2005年に広島の監督を務め、2013年の第3回WBCでは侍ジャパンの監督を務めた。

中畑清

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1954年1月6日生まれ(64歳)
安積商業高→駒澤大→巨人(1976~1989)
「絶好調男」の愛称でファンから親しまれた、巨人軍第45代4番打者。
守備では7年連続でゴールデングラブを獲得。
引退後は巨人の打撃コーチを務め、2004年アテネ五輪では長嶋茂雄氏の監督代行として日の丸の指揮を執り、銅メダルを獲得。
2012~2015年はDeNAの監督を務めた。

江川卓

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1955年5月25日生まれ(62歳)
作新学院高→法政大→巨人(1979~1987)
アマチュア時代から「怪物」として名を知られ、春の甲子園の1大会奪三振記録「60」は未だに破られていない。
プロ入り後、1981年にはシーズン20勝を達成。
プロ野球史上6人目の投手5冠に輝き、MVP獲得。
84年オールスターでは8者連続三振を記録。
MVP1回(1981年)、最優秀投手2回(1980、1981年)
日本テレビ系「Going! Sports&News」の日曜日解説者。

篠塚和典

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1957年7月16日生まれ(60歳)
県立銚子商→巨人(1976~1994)
1975年ドラフト1位で巨人に入団し、2度の首位打者を獲得。
打率3割を5年連続含む7度達成したヒットメーカー。
セカンドとしてベストナインを5度、ゴールデングラブも4度獲得。
引退後は1995~2003年、2006~2010年に巨人のコーチを務めた。
2009年WBCでは打撃コーチを務め、世界一に貢献。

原辰徳

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1958年7月22日生まれ(59歳)
東海大相模→東海大→巨人(1981~1995)
父・貢さんが監督を務める東海大相模、東海大でアマチュア球界のスターとして活躍。
巨人入団後は80年代から90年代前半の打線の中心となり、4番打者として球団歴代4位の試合出場数を誇る。
引退後は巨人の監督を合計12年務め、リーグ優勝7回、日本一3回。
2009年には第2回WBCの代表監督として日本を世界一に導いた。
巨人・菅野智之は甥にあたる。

山本昌

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1965年8月11日生まれ(52歳)
日大藤沢高→中日(1984~2015)
アメリカでの野球留学時代に習得したスクリューを武器に3度の最多勝や沢村賞などを獲得。2006年には史上最年長でのノーヒットノーランを記録した。
2008年に200勝を達成。プロ野球在籍32年間、実働29年はいずれも史上最長。
2015年には史上最年長・50歳での公式戦出場を果たし、多くの最年長記録を保持している。
日本テレビ系「NEWS ZERO」の野球解説者。

水野雄仁

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1965年9月3日生まれ(52歳)
県立池田高→巨人(1984~1996)
高校時代は「やまびこ打線」の4番・エースとして甲子園で2度優勝。
「阿波の金太郎」として親しまれた。
巨人入団後は1987年に10勝をあげ、王監督初のリーグ優勝に貢献。
88年のオールスターゲームでは代打で登場し、サヨナラの犠牲フライを放った。
引退後の1999~2001年には巨人の投手コーチに就任。

野村謙二郎

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1966年9月19日生まれ(51歳)
県立佐伯鶴城高→駒澤大→広島(1989~2005)
駒澤大時代にソウル五輪に出場し、銀メダル獲得に貢献する。
広島入団後は3度の盗塁王、3度の最多安打を獲得するなど赤ヘル打線を引っ張った。
1995年には史上6人目のトリプルスリーを達成。(打率.315・32本塁打・30盗塁)
引退後は2010~2014年に広島の監督に就任。
2013年には球団史上初のクライマックスシリーズ進出に導いた。

桑田真澄

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1968年4月1日生まれ(50歳)
PL学園→巨人(1986~2006)→米MLB・パイレーツ(2007)
高校時代は甲子園に5回出場。うち2回優勝し、甲子園史上最多の通算20勝。
巨人入団2年目に沢村賞、最優秀防御率を獲得。
この年から6年連続2ケタ勝利を挙げた。
95年に右肘をトミー・ジョン手術し、1年以上のリハビリを経て復帰。
02年には自身15年ぶりの最優秀防御率に輝いた。
06年の巨人退団後はアメリカ球界に挑戦し、メジャー昇格を果たした。

立浪和義

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1969年8月19日生まれ(48歳)
PL学園→中日(1988~2009)
高校時代は史上4校目となる春夏連覇を達成。
高卒新人として史上初のゴールデングラブをショートとして獲得した。
その後、セカンド、外野手でもゴールデングラブに輝き、史上最多3ポジションでゴールデングラブに選出された守備の名手。
打撃では通算8度のシーズン3割を達成し、歴代最多の487二塁打を放った。
引退後、2013年WBCでは侍ジャパンの打撃コーチを務めた。

赤星憲広

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1976年4月10日生まれ(41歳)
大府高→亜細亜大→JR東日本→阪神(2001~2009)
JR東日本時代の2000年、シドニー五輪に出場。
阪神に入団した2001年に、史上初となる盗塁王と新人王をダブル受賞。
足のスペシャリストとして2度の優勝に大きく貢献した。
5年連続盗塁王、3年連続60盗塁は共にセ・リーグ記録。
ゴールデングラブを6度獲得した。
日本テレビ系「Going! Sports&News」の土曜日解説者。