日本には、特に優れたものを三つ取り上げて並んで称し、崇める歴史があるようだ。
日本三景をはじめに、日本三大祭、日本三名園、日本三大仏など・・・。
三という数字が、縁起がいいのか、きりがいいのか、歴史を紐解くと、古くより三種の神器、三筆、御三家などといった言葉が時代を超えて頻繁に登場し、現代でも三冠王などといった言葉がある。
この日本三大〜。日本三大饅頭、日本三大朝市、日本三大トンネルなど、調べてみると、いろいろとあるものだが、日本三大〜のひとつ、と言われると、これも日本人の性か、不思議なものでそのものの持つ魅力以上の価値を感じ、ひとつ目にするともうひとつ見に行きたくなり、ふたつ行くとすべて制覇したくなる。
そんな思いで、日本三大桜を三年かけて、春に巡った。



満開時の晴れの日ともなれば、平日でも大混雑して、まともに見ることができないという話を聞き、夜明けを待って早朝に出かけた。
着いたのは6時。それでもかなりの人でにぎわっていたから、滝桜の人気はすさまじい。出店の連なる道をゆき、正面に姿を現した滝桜と対面する。
見て驚いた。これはまさに滝、だと。
見れば見るほど、滝桜の名が似合うと思う。滝は滝でも日本の滝ではない。ナイアガラの滝のような、幅が広く、水量も豊かな壮大な滝。高さ12メートル、枝張りは東西で約25メートル。こんな桜、今までに見たことがない。樹齢1000年以上というが、年を感じさせない勢いで、薄紅の花を咲かせている。
遠巻きにしばらく見ていた。堂々とした形、枝の先まで花をつけたボリューム感、一枚一枚の花の持つふんわりとした優しさ・・・。とにかく華やかで、一本の木でここまでひとの心を魅了できるものかと、木の持つ力の強さにおそれいった。
このあたりは、他にも桜の古木がいくつかあるようで、帰り道、道に迷っていたら、たまたまのどかな農道の脇、こんもりとした丘の上の小さなお堂の傍らに立つ古い桜を見つけた。こちらも色、大きさ、形ともに見事なもので、滝桜もいいが、こちらのほうが混雑していないし、周りの風景とあっていて情緒があっていいな、と思った。ただ、その桜の名前も、場所も、今となっては忘れてしまった。



淡墨桜、という名前がまた神秘的だ。
由来は、はじめ白い花びらが、散り際に近づくにあたって次第に淡い墨色に変わる、ということらしいが、その淡い墨色とは、どんな色なのだろう。実際に見てみたくなり、根尾川に沿って北上した。
おでんやまんじゅう、地元の特産物などを売る出店の並ぶ道を抜け、公園のような一角の中央にあったのが、淡墨桜。
推定樹齢約1500年、高さ約16メートル、幹周りは約11メートル。淡墨桜は、夜空いっぱいに飛び散った大輪の花火のように、四方八方に花を咲かせている。
1500年もの悠久なる時の流れの中にあることを思って、その場に立ち尽くし、しばらく見入った。
そして、ここは野球場のようだと思った。大勢の見物客は満員のスタンドに、中央にそびえる桜は、白熱したプレーの続くグラウンドに重なる。そのくらい、桜には迫力があり、見る人々は、みな、魅了されていた。
独特の淡い墨色、というのは時期があわなかったのか、よくわからなかったが、日本三大桜のうち、ふたつを見た。次の年は三つ目を見たいと思った。



滝桜、淡墨桜と見てきた三年目。日本三大桜の三本目は、先に見たふたつよりも、長い時を生きている。それもそのはず、名前からして、神の代の桜と書いて神代桜。日本武尊が東征の帰り、この地に立ち寄った際に植えた、という伝説もある桜だ。
神代桜は実相寺という寺の境内にある。駐車場から歩いていくと、幾本か道に沿って桜が並んでいて、その奥にあるのが神代桜。この桜が、樹齢2000年という気の遠くなるような年月を生きている桜だ。
山の中ならまだしも、人里で長い歳月を生き続けているだけあって、よく見ると傷みが激しい。幹を見ると、朽ちた流木のようで、保護のための屋根もついている。
それでも、驚くべきはこの桜が元気な花をつけていることだ。枝の先にびっしりと咲いたふんわりとした桜の花。本当にあの朽ちかけた木が咲かせている花なのかと、幹から枝へと視線を動かして確認してみたが、確かにつながっている。
満身創痍になりながらも、必死に生き抜く姿は、見るものの心を動かす。そのときもし、その桜の花びらが散って、私のもとに落ちたなら、その一枚を丁寧に拾い上げて、お守りに、とありがたく持ち帰っただろう。


毎年ひとつずつ見てきた日本三大桜。さすがにどれも桜の国、日本を代表する三本と言うにふさわしい名桜だった。 一瞬に咲き、一瞬に散る桜の美。 どの桜も老いていて、手入れが必要な桜だが、これからも毎年、春に元気な姿を拝ませてほしいものだ。