カウラ事件(Cowra Breakout)とは──「カウラ事件」、この事件は、第二次世界大戦が終わる直前の1944年8月、およそ1000人の日本人捕虜がオーストラリアで起こした事件です。日本の歴史の教科書には載っておらず、今を生きる多くの日本人は、この事件のことを知らないことでしょう。
「カウラ事件」の「カウラ」(Cowra)とは、オーストラリア・シドニーから西に320kmほど離れたところにある小さな町の名前です。今から64年前の第二次世界大戦当時、この町には、捕虜を収容する大規模な施設がありました。そこに収容された日本人捕虜たちが、歴史上最大規模の大脱走を起こしました。「脱走」とは言っても、そこから逃げ出すためでも生き延びるためでもなく、ただ、死ぬための脱走でした。
戦時中の捕虜の処遇を定めたジュネーブ条約のもと、基本的な人権を尊重され、十分な食事、十分な休養、さらには野球を始めとする十分なレクリエーションまで与えられていた日本人捕虜たちが、なぜ、自ら死を選んだのでしょうか。次へ→