DASH島開拓史

リゾラバ2019NEW2019/10/20

毎年恒例、大の大人がハメを外す、夏の戯れリゾラバ!
今年は太一考案の近代五種ならぬ、島流の近代四種を開催。
1種目目は、島の入れ食いスポット、岩礁周りで、誰が一番早く魚を釣り上げるかの早釣り競技。
これは、戦術なしの松岡が、勢いだけで釣り上げて勝利。
2種目目は、お馴染みの堂本マネキンを狙って、浮き輪を投げる、いわゆる輪投げ競技。
これは、ここ一番に強い長瀬が、一発で成功させた。
3種目目は、ノコギリや釘打ち、番線など、開拓7年で培った技術の正確性を競う、作業系競技。
思いのほか丸太切りに苦戦したが、これも長瀬が制した。
4種目目は、これまで島で集めた材料を煮出して作ってきた特製茶の味を、舌だけで見極める、利き茶対決。
タラノキ茶、キノコミックス茶、蜂の巣茶の3種類を用意し、満を持して挑んだ城島だったが、正解したのは太一と長瀬。
そして、城島は罰ゲームの尻相撲でも海に沈んだのだった。

神社再建計画、完成SP2019/9/29

神社の基礎造りは、束石の形通りに土台の木を削り、石と土台を噛み合わせる宮大工の技、光付けの作業に入った。
石に石灰を撒いて木を置いては、石灰のついた部分を削る。
これを繰り返すが、ケヤキは硬く、作業は難航を極めた。
それでも、数時間をかけ、木の全面に石灰がつけば、光も入らぬほどピッタリ噛み合った証拠。
この基礎の上に柱を建てていくが、参考にしたのは、数百年もつ神社の建物に用いられていた、貫工法。
柱の穴に材を貫通させ、木の楔で固定することで、錆びないだけでなく、程よいしなりが地震などの揺れを逃がす。
そして、屋根も神社の建物に多い、軒を大きく張り出す形に。
軒を石垣より外に出せば、雨で柱や土台が濡れずに済む。
その広い屋根を支えるのが、伝統技法の“斗組(ますぐみ)"。
肘木や斗と呼ばれるパーツを段々に組み上げることで、どんなに広い軒も根元からしっかり支える。
城島が、生形師匠の作業場にお邪魔して、構造を勉強。
斗組を削って組み上げ、無人島の神社の柱の先端に据えた。
屋根に使う釘は、神社仏閣や文化財の建物に用いられる、日本古来の“和釘(わくぎ)"。
柔らかい鉄でできているため、打ち込むだけで木の中で年輪に沿って曲がり、二度と抜けない。
そして、一層目の野地板の上に、垂木をしならせて釘を打ち込む二重構造で、神社の屋根の特徴的な曲線を生み出した。
さらに、舟屋同様、防腐・防水効果のある柿渋を染み込ませた新聞紙を敷き詰めたら、仕上げは、民家跡から集めたツメのある瓦で、引掛桟葺き(ひっかけさんがわらぶき)を。
屋根に瓦のツメを引っ掛けて釘留めする工法で、湿気で重くなる土を使わないため、倒壊の危険も回避できる。
そして、元々、正面の柱を貫通していた梁は、彫られた唐草模様の彫刻を生かしたいと、そのまま再利用することに。
さらに、DASH島をモチーフにしたと思われる彫刻・蛙股も、欠損していた部分を修復し、島民たちの思いを引き継いだ。
そして、神社再建中、舟屋へ避難して頂いていた神様を運んで元の場所に戻し、落成式までを執り行って、修復着工から1年、神社再建はようやく完成を見た。
これで神様も安心して、DASH島開拓を見守ってくれるはず。

神社再建計画、基礎造り2019/9/22

シロアリの湿気対策として、柱の土台に束石を置くことにしたが、均等に配置せねば神社の重量は支えられない。
それには、古来からの宮大工の知恵「地縄張り」で。
四隅に杭を打ち、そこから張られた水糸に束石の中心がくるように調整、そして、地震でも動かぬよう突き固める。
その上に建てる柱や梁は、元々の神社の木材を生かしたい。
神社の前の柱や梁、DASH島をモチーフにした蟇股などは、硬くて強くシロアリを寄せ付けないケヤキだったが、一方で、他の多くの部材には、松や杉が使われていた。
松は虫たちの好物、杉は柔らかく虫食いの餌食となりやすい。
生形さんの見立てでは、ほぼ使える木材がないことが判明。
そこで、向かったのは木造家具の生産量日本一の福岡県。
材木市場で、使われていないフローリング材や柱材を調達。
シロアリに弱い杉材は、屋根の野地板や床張りの支えなど、シロアリが上がって来にくい部分で利用することに。
湿気や虫に強いケヤキ材は、外側の白太を削り、密度の高い内側の赤身だけを残して、さらに丈夫な部材に製材した。
これらを無人島に持ち帰り、シロアリを寄せ付けないよう、保湿・防腐効果のある椿油で表面をコーティング。
そして、初上陸の生形英雄さんのご子息、3代目棟梁の雄一さんに教えてもらったのは、「光付け(ひかりつけ)」。
真っ直ぐな木の土台を、凸凹の石に噛み合わせる宮大工の技。
雄一さんが無人島の暖竹でこしらえた、コンパスのような道具の先端に炭を付け、土台に石の形を写し取り、その線に合わせ、石と噛み合うまで根気よく削っていく。
途方もない作業だが、ピッタリ噛み合えば地震の揺れでもズレない。

猛暑のカブトムシ相撲2019/9/8

今年の長梅雨で、たくさん水分を吸った木から樹液が例年より多く出ている事に気付いた男たちは、猛暑の中、カブトムシ探しを敢行。
巷で、よく獲れると噂のトラップを作ってみることに。
漂着物のペットボトルの上半分を切り取り、反対にはめ込むことで返しを作り、中に入った昆虫が出てこれない仕組み。
おびき寄せる餌は、流れ着いた柑橘系の実やジュースのような謎の液体など。
本来は、手間をかけて発酵させるが、無人島では勝手に発酵が進み、すでに昆虫が大好きな匂いを放っていた。
そして、このトラップを森の中の目ぼしい木、3カ所に仕掛け、待つこと3時間。
すると、コクワガタ2匹、メスのカブトムシ4匹、オスのカブトムシ2匹の捕獲に成功した。
ならばと、毎年恒例の「カブトムシ相撲」を開催。
ドラム缶と足場丸太で作った土俵に綱を張った特設闘技場で、落ちたら負けの四つ巴の戦い。
城島と太一はオスカブト、長瀬はコクワガタ、松岡はメスカブトを、それぞれ相棒に選んで戦ったが、猛暑のせいか、昆虫たちもバテ気味で戦意消失、勝敗はつかなかった。

反射炉、150年ぶりの稼働2019/8/4

無人島に完成した反射炉に、150年ぶりの火入れの時がきた。
まずは炉床に、島中から集めた300kgのクズ鉄を並べるが、奥に行くほど高温になるため、大きな塊ほど奥へ、小さな塊ほど手前に置いて燃焼効率を上げる。
燃料の骸炭は700℃にならないと火がつかないため、着火剤となる木クズ、薪、骸炭の順に重ね、段階的に火力を上げる。
鉄を溶かす温度にまで火力を上げるには、空気を送り続けなければならないため、古代の送風機・フイゴを4つ作った。
熱が逃げぬよう燃料投入口を塞ぎ、フイゴでひたすら空気を送り込んで火力を上げたら、温度が下がらぬよう15分おきに20kgの骸炭を追加していく。
これを数時間繰り返し、骸炭が白く燃え上がるのを確認できたら、炉内は鉄が溶ける温度1538℃に達している証拠。
しかし、満を持して溶けた鉄が流れ出てくるはずの出鋳口の栓を抜いてみたが、なぜか鉄は流れてこなかった。
どうやら、一時的に鉄の融点までは達していたものの、鉄が溶け切るまで温度が維持できなかったようだった。
そこで、韮山反射炉の研究家・菅野利猛さんと原因究明。
やはり、炉内のわずかなレンガの段差が熱の反射を乱し、煙突を短くしたことで煙突効果が弱まった可能性があった。
すると、新人・リチャードの提案で鉄以外の金属を溶かしてみることに。
というのも、かつての韮山反射炉も、鉄より融点の低い青銅などを溶かすことも多かった。
さっそく、鋳造技術を学んだ埼玉県川口市で、銅の削りクズ60㎏と不要となった工業製品のアルミ80㎏を調達。
これらを反射炉に入れて、再度、同じように火入れしてみると、見事、アルミが液体となって流れ出てきた。
未だ鉄や銅を溶かすことはできていないが、150年ぶりに稼働した反射炉で、金属を溶かした初めての目撃者となった。

反射炉、完成2019/7/28

DASH島の産業革命を夢見て、始動した反射炉計画。
それが着工から2年半、ついに無人島に反射炉が完成した。
700日がかりでレンガ3万枚を積み、心臓部の炉が形に。
その炉内に空気を送り込む役割を果たす煙突を築くためのガイドとなる木枠を組んだが、海風と春先の強風で倒壊。
風を遮ることが出来ない立地に不安を覚えた城島は、当初の1本の高い煙突ではなく、低い煙突2本にすることを提案。
それでも煙突の効果は変わらないと、築炉のプロ・本勝さんのお墨付きももらい、7mの煙突2本を立てることに。
二股に分かれている煙突の根元は、出口をあえて狭くし、煙が勢いよく出て行くことでより多くの空気を取り込み、燃焼効果を上げる構造。
さらに、炉の内部では、ドーム状に積まれたレンガの段差を削って滑らかにすることで、熱の乱反射を防ぐ。
こうして、着工から836日目、総枚数4万枚のレンガを積み上げ、世界遺産の反射炉が無人島で160年ぶりに完成。
最後に、水蒸気爆発を防ぐため、炉内で廃材を燃やして乾燥。
さらに、反射炉を稼働させるには300kg以上の鉄が必要なため、島中からできるだけ多くの鉄クズをかき集めた。
そして、鉄を溶かすには、炉の中を常に1538℃以上に保たなければならないが、そんな高温を生み出すことが出来る燃料が、不純物を排除した高純度の石炭“骸炭(コークス)"。
金属を溶かす溶解炉・キューポラの街、埼玉県川口市に赴き、反射炉での燃焼に適した骸炭を分けて頂いた。
いよいよ、前例のない反射炉本格稼働に向けて動き出した。

アカエイで珍味2019/7/21

今年の七夕相撲で、海上の土俵の周りにウヨウヨといたのが、尻尾に毒針を持った大きな“アカエイ"。
毎年恒例の夏のリゾラバを目前に控え、このままでは安心して楽しめないと、アカエイの捕獲に乗り出した。
舟の船首にせり出した足場を設置し、“突きん棒漁"さながら、仕事人・松岡が銛で仕留める作戦。
だが、沖では水深が深くて銛が届かず、以前、目撃した港跡で再挑戦してみると、見事、体長約1mの大物を仕留めた。
さらに、古来よりエイの漁法だった延縄漁も試してみた。
エイの好物であるムラサキイガイの身をエサに、思いがけずにドチザメとオニオコゼ、そして、約80cmのエイを捕獲。
エイとオコゼを持ち帰り、毒魚2種盛りのお造りにした。
そして、大きなエイは食べきれないので、保存食に加工。
作ったのは、エイを発酵させた韓国の保存食「ホンオ・フェ」。
タコ壺に枯れ葉を詰め、その中にエイの切り身を入れて、常温発酵させること10日間。
咳込むほど強烈なアンモニア臭だったが、味は美味だった。

海上の土俵で七夕相撲2019/7/7

令和初の七夕相撲、今年も男たちの因縁の大一番が始まった。
5年間、横綱・北村Dに1度も白星を上げられないでいる城島だが、今年は秘策があった。
佐渡島で42年続く、海の上で相撲を取る「日本海海上大相撲」。
これならば、波の揺れや滑りやすさなど、体格やパワーだけでは読めない、大番狂わせを演じられる可能性もある。
そのためには、体幹を強化すべしと、9年前に経験した最新ヨガトレーニングを開始した城島。
天井からぶら下がった布に身を預け、空中でバランスを取ることで体幹をダイレクトに鍛える。
このトレーニングで自分の左脚の強さを発見した城島は、勝負の時には、左脚に持ち込むことを決意。
その頃、太一は大型の発泡スチロールと砂浜の砂を使って、大相撲の土俵がすっぽり入るサイズの海上土俵づくり。
しかし、周囲には毒を持ったアカエイやアカクラゲなど、予想外の刺客も。
北村には今回、特番で城島にケガをさせてしまったのではないかとの負い目があったが、城島は男の勝負に情けはいらぬと一蹴。
一切手を抜かない真剣勝負、海に落ちたら負けの特別ルール!
そして、令和初、海上での七夕相撲、勝負の行方は…
三度の死闘の結果、今年も横綱・北村が優勝をもぎ取った。

神社再建計画“束石(つかいし)"2019/6/30

DASH島神社再建計画、まずは開拓の神様を支える土台から。
福岡県の霊山・英彦山に400年前に建立された“英彦山神宮 奉幣殿"の柱には、「束石」と呼ばれる石の土台があった。
これは、柱から腐敗の原因となる水気を遠ざける、宮大工の知恵だった。
さらに、防ぎ切れずに傷んでしまった柱は、強力な継ぎ方「金輪継ぎ」でその都度、補修し甦らせていた。
一方、DASH島の神社の柱は地面に直接建ち、雨だけでなく地面の水分もどんどん吸い上げていた。
そこで、島の神社の柱にも土台を据えるため、森の中の崩れた石垣から、平たくて厚い丈夫な束石に適した石を選別。
これらを柱の位置に突き固め、土台となる束石の準備が完了した。

120年に一度咲く竹の花を調査2019/6/16

城島が心配そうに読んでいたのは「全国各地で“竹の花"が一斉に咲いた」という新聞記事。実は、竹の花はおよそ120年に一度咲くと言われているが、それと同時に、竹林が枯れてしまいさらに天変地異や伝染病が起きるという不吉な噂があった。
DASH島にも竹はたくさん生えているが、もし、竹林が枯れてしまえば、竹炭の原料である竹が採れなくなってしまう。
それだけでなく、地下で根っこ同士が繋がり、地盤を強くしてくれている竹がなくなれば、土砂崩れが頻発してしまう可能性も。
そこで、城島と松岡は、島の竹に花が咲いていないか、緊急調査。
まず、砂浜の上の山の斜面に生えていたのが、戦国時代には矢の材料にも使われた矢竹。さらに、山の下の浜に生えていたのが、釣竿の材料にもなる女竹。どちらの竹にも新芽が出ており、花が咲く心配はなかった。一方、拠点の浜には、水路の骨組みにも使った暖竹も。穂先には花のような稲穂が見受けられたが、調べてみると暖竹はススキの仲間。つまり、毎年咲く花で、不吉な花ではないことが判明した。そして、これらの竹林は、かつての集落の段々畑や神社を海風から守るための防風林としての役割も果たしていた。結局、島の竹に花は見つからず、ひとまず安心したところで、開拓7年目、まだ1度も口にしたことがないDASH島産のタケノコ探し。
採れたのは、色も形も似た、長細い矢竹と暖竹のタケノコ。
しかし、網焼きで食べてみると、暖竹の強烈な苦みに悶絶した。

DASH島石鹸で蚊除け2019/6/9

毎年、気温の上昇と共に開拓の妨げになっていたのが「蚊」だった。
城島が思い出したのが、ある少年が突き止めた“蚊に刺されない方法"。
それは、蚊を誘引する肌の常在菌を除菌する事だった。
そこで、城島が1年前、加齢臭が気になると言って作った石鹸、これで体を洗えば、加齢臭だけでなく、除菌されて蚊も寄ってこないはず。
石鹸は、灰と水を混ぜた上澄み液に油を混ぜた、古代からの製法で作った。
油は、浜に自生するハゼノキの実の皮から抽出したハゼ蝋、そこに含まれる油を使った。
地上5mに生る実をなんとか調達し、すり潰して選別した皮を蒸して柔らかくし、ジンクロを使った搾油機で搾れば、黄金色の油が取れた。
上澄み液は、火にかけて成分を凝縮、ハゼの油を混ぜて煮込み続けた。
トロトロになったところで、竹の型に流し込んで、丸1日乾燥させると、見た目も匂いも、まさに石鹸、泡立ちも良く、言うことなしの仕上がりとなった。
そこで、この石鹸を使い、城島が体を張って蚊除けの効果を実験した。
石鹸で足を洗って除菌し、蚊が好む森の中で裸のまま30分。
結果、蚊には刺されなかったが、腕にハエがとまった。

神社を湿気から守れ2019/5/26

無残にも倒壊してしまった神社の再建へ向け、動き出したTOKIO。
倒壊した主な原因は、柱や材木が温暖多湿な環境で活発化したシロアリの餌食に。
さらに、その柱や材木が常に湿っていたことで、腐食しもろくなっていた。
神社の壁と石垣に隙間がないことで、屋根や石垣の隙間から滴る雨水が材木を濡らし、地面にベタ付きの床から水分が吸い上げられていたからだった。
つまり、神社再建のポイント、湿気対策だということが分かった。
ならばと、城島は宮大工の生形さんと共に、先人の宮大工の知恵を学ぶため、日本三大霊山にも数えられた福岡県の「英彦山神宮 奉幣殿」へ。
そこは、DASH島の森と似た、温暖多湿な環境だが、400年前に建てられた神社が、しっかりと建っていた。
その秘密、一つは柱に材を貫通させ、楔(くさび)で固定する貫(ぬき)工法にあった。
これにより、錆びる金物で固定する筋交いを使わず、強度を保っていた。
さらに、160年前に建てられた「英彦山神宮 下津宮」にも湿気から守る知恵が。
神社の壁と石垣の間にしっかり隙間をもたせることで湿気を逃がし、屋根から滴り落ちる雨水や石垣から染み出す水は、屋根の真下に設けた側溝で受け流すことで、水や湿気から神社を徹底的に守っていた。

島の魚で「魚うどん(ぎょうどん)」作り2019/5/12

春の陽気の中、城島と太一はサビキ釣りで春を告げる魚、メバルを狙っていた。
しかし、釣れるのはベラばかり、しかも、なぜか太一ひとりが入れ食い状態だった。
釣果ゼロの城島は、食べきれないほどの大漁のベラで宮崎県の郷土料理「魚うどん」作りを提案。
本来の魚うどんは、脂が少なく弾力のあるトビウオの身をすり潰して麺を作るが、無人島では水っぽい上に柔らかいベラの身しかない。
はたして、美味しい麺はできるのか?
まずは、三枚におろしたベラの身を包丁で叩いて細かく刻んだら、布で包んですりこぎ棒でペースト状にすり潰し、うどんの生地に。
そこに、島の片栗粉を練り混ぜれば、しっとりとした餅のような粘り気が出る。
さらに、藻塩を少々加えることで、塩気だけでなく、しっかりとしたコシを生む。
そして、製麺は穴を開けた竹筒から、生地を押して。
無骨な形にはなったが、なんとか魚の麺ができた。
ベラのアラから出汁を取り、薬味は浜から調達したハマダイコンの葉に具はアカモクで。
完成したDASH島特製「魚うどん」は、さっぱりとした上品な味に。

無人島初の高級珍味2019/4/14

早朝、城島と松岡が港跡で狙っていたのは、島の高級食材“ナマコ"。
日本で食用にされているのは赤ナマコ、青ナマコ、黒ナマコだが、特に黒ナマコは、干せばキロ30万円を超え、別名「黒いダイヤ」と言われるほど。
城島が舟を操作、松岡が箱メガネと銛で捜索し、赤、青、黒のナマコをゲット。
今回は身は干して、内臓は腸を塩漬けにした日本の三大珍味「このわた」と、卵巣は干して高級珍味「干しこのこ」にすることに。
ナマコの腸に詰まった砂をきれいに取り除き、藻塩を加えることで旨味を引き出し、竹筒に入れて数日間熟成させれば、竹の脱臭効果で味もまろやかに。
さらに、卵巣は石川県の特産でもある「干しこのこ」に。
DASH島で一番風通しの良い、舟屋の窓際に紐を張って干すことにした。
4日後、水分の蒸発とともに磯の香りが凝縮した干しこのこを炙って頂けば、スルメの100倍美味い!と、太一も唸る程の美味しさに。
さらに、熟成していたこのわたに至っては、塩辛の1000倍美味い!と城島絶賛の出来だった。

反射炉作り 炉の完成と煙突作り開始2019/3/24

耐火レンガを積んで完成を急ぐ反射炉。夏にはキイロスズメバチの巣ができてしまい、作業が中断されてしまったが、スズメバチハンター徳永さんの弟子、駆除歴7年の大ベテラン城島の手によって、見事駆除に成功し、作業再開。その後、交代でレンガ積みを進めていき、延べ738日かかった反射炉の心臓部ともいえる炉が完成した。残すは煙突部分。
高さ15mにもなる煙突を作るためには、まずはアングルと呼ばれるL字型のガイドの枠を作り、それに沿って、垂直になるように耐火レンガを積み重ねていく。アングルに沿ってレンガを積んでいき、15mの煙突が完成すれば、DASH島一の高層建築に!と期待も膨らんだが、春一番の強風により、その固定していたアングルが倒壊してしまった…。想定していなかった海からの強風。その対策が急がれる。

DASH島のアジでくさや作り2019/3/17

早春のDASH島で、城島が狙っていたのは旬のマアジ。
しかし、思わぬ大漁釣果で食べきれず、保存の効く“くさや"にすることに。
そこで、くさやが名産の八丈島へ飛んだ松岡は、そこでくさや作りを学んだ。
くさやの原料に使われていたアオムロアジは、DASH島のマアジよりも長細く、脂が少ないため、煮ても焼いても食えない魚と言われていた。
これを伝統の“くさや液"に漬け、くさやにすることで逸品に変えていた。
その秘密が、触れれば1週間は臭いが取れないと言われるくさや液だった。
干物を作る時の塩水を繰り返し使い、魚のエキスが溶け出したことで発酵した100年モノ。
開いたアジを1日かけてくさや液にしっかり漬け込み、味を整えるべく豊富な天然水で塩抜き、最後に巨大な乾燥部屋で乾燥させて、旨味と風味を凝縮させた。
そんな長年受け継がれている貴重なくさや液を分けて頂き、持ち帰ってきた松岡は、さっそくDASH島で獲れたマアジでくさや作りを開始。
くさやを漬けた20kgもある水瓶をトロッコで運び、日陰で温度変化も少ない、森の中にあった石垣の穴の中に1日寝かせた。
そして、仕上げに天日干し。出来上がったDASH島産のくさや。
炭火で網焼きにして食べたその味は、脂がある分、食べやすく仕上がっていた。
当初は、アオムロアジよりも、脂ののったマアジはくさやには向かないのではと懸念していたが、そんな心配は無用だった。
こうして、お酒もご飯も進む、DASH島に待望の保存食が生まれた。

初収穫!自然薯で焼き芋2019/3/3

森の畑では、山菜の王者と呼ばれる高級食材、自然薯が食べ頃を迎えていた。
自然薯はDASH島にも自生しているが、見つけるのも掘り出すのも大変だった。
そこで、1年前、かつての島民が残した段々畑を使って、栽培することにした。
陽を遮る枝葉を取り払い、長年の雨風で固まった土を耕し、そこに森で拾ったタネ代わりとなるムカゴを植えた。
そして、葉が良い具合に枯れ、土の中の自然薯に栄養が行きわたっている証と、意気揚々と掘り出してみたが、どれも小ぶりで期待外れの自然薯ばかりだった。
自然薯は柔らかく水はけのよい土の中で良く育つが、昨年、何度もDASH島を襲った豪雨や台風で土が押し固められてしまった可能性があった。
ともあれ、DASH島で初収穫の作物となった自然薯を城島の提案で、昨今のブームに乗っかって「焼き芋」にして食べることにした。
焼き方は、石の遠赤外線でじっくり焼く定番の“石焼き"で。
しかし、実際に焼いてみると、水分が飛びすぎて干からびてしまい真っ黒に。
自然薯はサツマイモより皮が薄く、熱が通りすぎてしまうことが原因だった。

神様の引っ越し完了2019/2/10

倒壊した神社を建て直すまでの間、TOKIO、スタッフ総動員で神様の引っ越し作業。
しかし、揺らしてはならない、傾けてはならなない、倒してはならないという掟のもと、神様の引っ越しは一筋縄ではいかなかった。
森から運び出した本殿をトロッコに載せて舟屋へと向かったが、人力で敷いた線路、少しの揺れやアップダウンにも細心の注意を払った。
いざ、本殿を雨風しのげる舟屋の2階に運び込もうとしても、昇降機や階段の穴は小さすぎて入らず、かといって窓は本殿を横に傾けないと入らない。
そこで、昇降機の穴の周囲を本殿が通る大きさまで広げることに。
強度は弱くなるが、やむを得ず、床板を剥がしそれを支える根太も切断した。
そして、昇降機の重りを筋肉AD2人が引っ張り上げている間に、本殿をロープに括りつけ、ゆっくり慎重に向きを見極めながら、吊り上げていった。
こうして、無事、舟屋の2階に到着した神様は、縁起の良い南向きに設置した。
DASH島の神様、神社を建て直す間、こちらでしばしお待ちを。

DASH島神社倒壊!2019/1/27

森の奥で日々の開拓の安全を見守ってくれた小さな神社。
それが、しばらく上陸していなかった間に、見るも無残に倒壊していた…。
原因は、去年の記録的な台風か?それとも各地を襲った豪雨か…?
なんとか元の状態に戻したいが、神社は木材を緻密に組み上げる構造。
福島DASH村の役場や島の舟屋を建ててきたTOKIOでもどうにもならない。
そこで、宮大工の匠、生形(うぶかた)さんの力を借りることに。
匠は、崩落した神社を見るや否や、原因はシロアリにあると確信。
土の上に建てられた島の神社は、やつらの格好の餌食となっていた。
とにかく、社を建て替える間、本殿を一時的に舟屋へ避難させなければ。
まず神様に感謝のお供えとお祓いを済ませ、崩れた柱や瓦など瓦礫を撤去していく。
そして、本殿を清らかな白の手袋をはめ、神様が本殿から出ないよう水平を保ったまま慎重に、直線距離にして300m先の舟屋へ運んでいく。
しかし、神様がいる本殿はしっかりとした作りで、その重さは約50kg。
やっとの思いで森を抜け浜へ出れば、ここからはトロッコで一気に舟屋へ。
2019年、最初の大仕事は、島を守ってくれた神様の引っ越しだった。