DASH島開拓史

神社を湿気から守れNEW2019/5/26

無残にも倒壊してしまった神社の再建へ向け、動き出したTOKIO。
倒壊した主な原因は、柱や材木が温暖多湿な環境で活発化したシロアリの餌食に。
さらに、その柱や材木が常に湿っていたことで、腐食しもろくなっていた。
神社の壁と石垣に隙間がないことで、屋根や石垣の隙間から滴る雨水が材木を濡らし、地面にベタ付きの床から水分が吸い上げられていたからだった。
つまり、神社再建のポイント、湿気対策だということが分かった。
ならばと、城島は宮大工の生形さんと共に、先人の宮大工の知恵を学ぶため、日本三大霊山にも数えられた福岡県の「英彦山神宮 奉幣殿」へ。
そこは、DASH島の森と似た、温暖多湿な環境だが、400年前に建てられた神社が、しっかりと建っていた。
その秘密、一つは柱に材を貫通させ、楔(くさび)で固定する貫(ぬき)工法にあった。
これにより、錆びる金物で固定する筋交いを使わず、強度を保っていた。
さらに、160年前に建てられた「英彦山神宮 下津宮」にも湿気から守る知恵が。
神社の壁と石垣の間にしっかり隙間をもたせることで湿気を逃がし、屋根から滴り落ちる雨水や石垣から染み出す水は、屋根の真下に設けた側溝で受け流すことで、水や湿気から神社を徹底的に守っていた。

島の魚で「魚うどん(ぎょうどん)」作り2019/5/12

春の陽気の中、城島と太一はサビキ釣りで春を告げる魚、メバルを狙っていた。
しかし、釣れるのはベラばかり、しかも、なぜか太一ひとりが入れ食い状態だった。
釣果ゼロの城島は、食べきれないほどの大漁のベラで宮崎県の郷土料理「魚うどん」作りを提案。
本来の魚うどんは、脂が少なく弾力のあるトビウオの身をすり潰して麺を作るが、無人島では水っぽい上に柔らかいベラの身しかない。
はたして、美味しい麺はできるのか?
まずは、三枚におろしたベラの身を包丁で叩いて細かく刻んだら、布で包んですりこぎ棒でペースト状にすり潰し、うどんの生地に。
そこに、島の片栗粉を練り混ぜれば、しっとりとした餅のような粘り気が出る。
さらに、藻塩を少々加えることで、塩気だけでなく、しっかりとしたコシを生む。
そして、製麺は穴を開けた竹筒から、生地を押して。
無骨な形にはなったが、なんとか魚の麺ができた。
ベラのアラから出汁を取り、薬味は浜から調達したハマダイコンの葉に具はアカモクで。
完成したDASH島特製「魚うどん」は、さっぱりとした上品な味に。

無人島初の高級珍味2019/4/14

早朝、城島と松岡が港跡で狙っていたのは、島の高級食材“ナマコ"。
日本で食用にされているのは赤ナマコ、青ナマコ、黒ナマコだが、特に黒ナマコは、干せばキロ30万円を超え、別名「黒いダイヤ」と言われるほど。
城島が舟を操作、松岡が箱メガネと銛で捜索し、赤、青、黒のナマコをゲット。
今回は身は干して、内臓は腸を塩漬けにした日本の三大珍味「このわた」と、卵巣は干して高級珍味「干しこのこ」にすることに。
ナマコの腸に詰まった砂をきれいに取り除き、藻塩を加えることで旨味を引き出し、竹筒に入れて数日間熟成させれば、竹の脱臭効果で味もまろやかに。
さらに、卵巣は石川県の特産でもある「干しこのこ」に。
DASH島で一番風通しの良い、舟屋の窓際に紐を張って干すことにした。
4日後、水分の蒸発とともに磯の香りが凝縮した干しこのこを炙って頂けば、スルメの100倍美味い!と、太一も唸る程の美味しさに。
さらに、熟成していたこのわたに至っては、塩辛の1000倍美味い!と城島絶賛の出来だった。

反射炉作り 炉の完成と煙突作り開始2019/3/24

耐火レンガを積んで完成を急ぐ反射炉。夏にはキイロスズメバチの巣ができてしまい、作業が中断されてしまったが、スズメバチハンター徳永さんの弟子、駆除歴7年の大ベテラン城島の手によって、見事駆除に成功し、作業再開。その後、交代でレンガ積みを進めていき、延べ738日かかった反射炉の心臓部ともいえる炉が完成した。残すは煙突部分。
高さ15mにもなる煙突を作るためには、まずはアングルと呼ばれるL字型のガイドの枠を作り、それに沿って、垂直になるように耐火レンガを積み重ねていく。アングルに沿ってレンガを積んでいき、15mの煙突が完成すれば、DASH島一の高層建築に!と期待も膨らんだが、春一番の強風により、その固定していたアングルが倒壊してしまった…。想定していなかった海からの強風。その対策が急がれる。

DASH島のアジでくさや作り2019/3/17

早春のDASH島で、城島が狙っていたのは旬のマアジ。
しかし、思わぬ大漁釣果で食べきれず、保存の効く“くさや"にすることに。
そこで、くさやが名産の八丈島へ飛んだ松岡は、そこでくさや作りを学んだ。
くさやの原料に使われていたアオムロアジは、DASH島のマアジよりも長細く、脂が少ないため、煮ても焼いても食えない魚と言われていた。
これを伝統の“くさや液"に漬け、くさやにすることで逸品に変えていた。
その秘密が、触れれば1週間は臭いが取れないと言われるくさや液だった。
干物を作る時の塩水を繰り返し使い、魚のエキスが溶け出したことで発酵した100年モノ。
開いたアジを1日かけてくさや液にしっかり漬け込み、味を整えるべく豊富な天然水で塩抜き、最後に巨大な乾燥部屋で乾燥させて、旨味と風味を凝縮させた。
そんな長年受け継がれている貴重なくさや液を分けて頂き、持ち帰ってきた松岡は、さっそくDASH島で獲れたマアジでくさや作りを開始。
くさやを漬けた20kgもある水瓶をトロッコで運び、日陰で温度変化も少ない、森の中にあった石垣の穴の中に1日寝かせた。
そして、仕上げに天日干し。出来上がったDASH島産のくさや。
炭火で網焼きにして食べたその味は、脂がある分、食べやすく仕上がっていた。
当初は、アオムロアジよりも、脂ののったマアジはくさやには向かないのではと懸念していたが、そんな心配は無用だった。
こうして、お酒もご飯も進む、DASH島に待望の保存食が生まれた。

初収穫!自然薯で焼き芋2019/3/3

森の畑では、山菜の王者と呼ばれる高級食材、自然薯が食べ頃を迎えていた。
自然薯はDASH島にも自生しているが、見つけるのも掘り出すのも大変だった。
そこで、1年前、かつての島民が残した段々畑を使って、栽培することにした。
陽を遮る枝葉を取り払い、長年の雨風で固まった土を耕し、そこに森で拾ったタネ代わりとなるムカゴを植えた。
そして、葉が良い具合に枯れ、土の中の自然薯に栄養が行きわたっている証と、意気揚々と掘り出してみたが、どれも小ぶりで期待外れの自然薯ばかりだった。
自然薯は柔らかく水はけのよい土の中で良く育つが、昨年、何度もDASH島を襲った豪雨や台風で土が押し固められてしまった可能性があった。
ともあれ、DASH島で初収穫の作物となった自然薯を城島の提案で、昨今のブームに乗っかって「焼き芋」にして食べることにした。
焼き方は、石の遠赤外線でじっくり焼く定番の“石焼き"で。
しかし、実際に焼いてみると、水分が飛びすぎて干からびてしまい真っ黒に。
自然薯はサツマイモより皮が薄く、熱が通りすぎてしまうことが原因だった。

神様の引っ越し完了2019/2/10

倒壊した神社を建て直すまでの間、TOKIO、スタッフ総動員で神様の引っ越し作業。
しかし、揺らしてはならない、傾けてはならなない、倒してはならないという掟のもと、神様の引っ越しは一筋縄ではいかなかった。
森から運び出した本殿をトロッコに載せて舟屋へと向かったが、人力で敷いた線路、少しの揺れやアップダウンにも細心の注意を払った。
いざ、本殿を雨風しのげる舟屋の2階に運び込もうとしても、昇降機や階段の穴は小さすぎて入らず、かといって窓は本殿を横に傾けないと入らない。
そこで、昇降機の穴の周囲を本殿が通る大きさまで広げることに。
強度は弱くなるが、やむを得ず、床板を剥がしそれを支える根太も切断した。
そして、昇降機の重りを筋肉AD2人が引っ張り上げている間に、本殿をロープに括りつけ、ゆっくり慎重に向きを見極めながら、吊り上げていった。
こうして、無事、舟屋の2階に到着した神様は、縁起の良い南向きに設置した。
DASH島の神様、神社を建て直す間、こちらでしばしお待ちを。

DASH島神社倒壊!2019/1/27

森の奥で日々の開拓の安全を見守ってくれた小さな神社。
それが、しばらく上陸していなかった間に、見るも無残に倒壊していた…。
原因は、去年の記録的な台風か?それとも各地を襲った豪雨か…?
なんとか元の状態に戻したいが、神社は木材を緻密に組み上げる構造。
福島DASH村の役場や島の舟屋を建ててきたTOKIOでもどうにもならない。
そこで、宮大工の匠、生形(うぶかた)さんの力を借りることに。
匠は、崩落した神社を見るや否や、原因はシロアリにあると確信。
土の上に建てられた島の神社は、やつらの格好の餌食となっていた。
とにかく、社を建て替える間、本殿を一時的に舟屋へ避難させなければ。
まず神様に感謝のお供えとお祓いを済ませ、崩れた柱や瓦など瓦礫を撤去していく。
そして、本殿を清らかな白の手袋をはめ、神様が本殿から出ないよう水平を保ったまま慎重に、直線距離にして300m先の舟屋へ運んでいく。
しかし、神様がいる本殿はしっかりとした作りで、その重さは約50kg。
やっとの思いで森を抜け浜へ出れば、ここからはトロッコで一気に舟屋へ。
2019年、最初の大仕事は、島を守ってくれた神様の引っ越しだった。