DASH島開拓史

意地のサクランボ種飛ばしNEW2017/6/4

 

今年も、倉庫跡の前のシナミザクラに、鈴なりのサクランボが。
張りのある、ちょっと酸味の効いた実を味わった後は、城島の提案で、山形県名物の「サクランボの種吹き飛ばし大会」を開催。
飛ばした種を見失わないよう、場所は平らな倉庫跡の屋上で。
まず城島は、吸い込んだ空気を上手く使えず、記録は約4m。
一方、達也は砲丸投げのスタイルで飛ばすも、約8m。
すると、この二人の中途半端な結果に、納得いかない男がいた。
これまでも、TOKIOが不甲斐ない時は、自ら撮れ高を確保してきた、DASH島の責任者、齋藤Dが種飛ばし。
これが、達也の2倍、城島の4倍近い、15m以上の記録を叩き出し、責任者の意地を見せた。

春の山菜と進む地盤固め2017/5/21

 

春の山菜を求めて、山に入った城島と達也は、山菜の王様・タラの芽のほかに、ゼンマイに似た3つのシダ類の植物を発見した。
毒がないことを確認し、舟屋で調理して食べてみることに。
しかし、それは動物も食わない、エグみたっぷりの山菜だった…。
一方、反射炉の建築予定地の浜では、3tにもなるレンガの総重量を支えるべく、アラフィフたちが地盤固めに精を出していた。
人力で丸太を打ち込んでいく作業は、築炉マイスターの力を借りながらとはいえ、ようやく敷地半分を打ち終えただけ。
まだまだ先は長いが、現場にマイスターの奥さんから、ありがたい差し入れが届いた。
郷土料理のイカナゴの釘煮を使ったおにぎりに、心と体の疲れを癒した。

よみがえった一本の柑橘2017/4/16

倉庫跡のシナミザクラが満開に咲き誇り、恒例の花見をしたい。
今年は城島と達也、アラフィフ2人だけ。
少しでも華やかにと、3色の花見団子をユリ根から作った片栗粉で作る。ヨモギの葉を練り込んで緑、サボテンの実で赤、片栗粉で白、三色をこしらえ、倉庫跡へ。
一方、4年前から始めていた、島の北側の斜面で見つけた“柑橘系"の木の世話。
40年前に島を去った住民たちが、栽培していたものなのか、荒れた土地に残ってたのは1本だけだった。
太一は、柑橘の木から日光を遮るように繁茂するクズのツルを取り除き、日の光を確保して、生長を期待した。しかしできた実を食べると強烈な酸味で、美味しくない。
糖度の低さは生育する土壌に関係があるとし、13年ぶりに福島DASH村で経験した土作りを実践。
必要なのは、栄養豊富で柔らかい天然肥料“腐葉土"。
それは、森で見つけた石垣の四角い穴に、島で集めた落ち葉、発酵を促してくれるミミズ、菌糸を一緒に混ぜ入れて作る。
発酵させること約半年、フカフカの腐葉土が完成。
さっそく、柑橘系の木の根を掘り出し、そこに腐葉土を撒き、より多くの栄養を木に与える。
さらに、浜のダンチクを大量に不完全燃焼させ、栄養だけでなく虫除け効果もある“草木灰"を作り、葉や実に撒いた。
そして、柑橘系の世話を始めて1300日余り、その実はすくすくと育ち、甘くて香り立つ、完熟の柑橘を実らせ、ついに40年前の味を取り戻した。

反射炉の杭基礎とヌタウナギの燻製2017/3/26

やっと1万個の耐火レンガを潮が届かない浜の上へと、全て引き上げた。
そして、さらに反射炉計画を前進させるべく、DASH島に頼もしい助っ人が上陸した。
それは、国家資格である築炉士を教える、築炉マイスター。
このプロ中のプロに、耐火レンガのお墨付きをもらい、今度は建設予定地である南側の浜の地盤を見てもらった。

しかし、そこは砂利のため隙間があり、地盤に不安が…
反射炉を建てれば、その重みに耐えきれず、地盤沈下する恐れがあった。
そこで、マイスターに指南を受け、砂利をかき出し、硬い砂の層まで掘って、そこに杭を打ち込み、基礎固めすることに。

まず、土留め板で砂利崩れを防ぎながら掘り進め、敷地を確保したら、脚立と輪石で作った人力の杭打ち機で、杭を打ち込んでいく。
しかし、硬い地盤に打ち込める深さは数cmずつ。
これを100本以上。途方もない作業は続く…

一方、城島はメンバーに今の時期ならではの島の美味いものを振舞いたいと、海に仕掛けていたアナゴ筒を回収するために海へ。

掛かっていた太った活きの良いアナゴには目もくれず、深海魚のヌタウナギだけを捕獲し、満足気。
メンバーがいつも、その見た目から敬遠しがちなこの深海魚を燻製にして、メンバーに美味いと言ってもらいたかったのだ。
本場・秋田でならった方法で下ごしらえを終えると、メンバーと共にスモークチップ集めへ。
松岡は倉庫跡に落ちていた、燻製の定番・桜の枝、長瀬は森で、甘い香りの折れたビワ、城島は古井戸のそばで、おそらく燻製初のトベラの木を調達した。
三種類の木をチップ状に加工し、即席の燻製器をこしらえて、天日干しのヌタウナギを、4時間燻してみると、城島の狙い通り、風味の違う上質な三つの燻製が仕上がった。

浜でのレンガ運搬2017/3/5

浜に置いたままのレンガ。これは、壊れた鉄の道具を溶かして甦らせるために作り始めた反射炉計画の材料。潮水に濡れたまま築炉に使用すれば爆発の恐れがあるので波が届かない高台へ移動したい。しかし、レンガは1山でおよそ500kgもあり、一筋縄ではいかない。そこで、江戸城の石垣の運搬にも用いられていた、丸太をタイヤ替わりに重い物を運ぶ『石引き』で。砂利の浜に足場板を敷き進路を確保し、そこに丸太を並べて500kgのレンガを運ぶ。
スタッフも含め、大人7人がかりで石引きに当たるが、タイヤ替わりの丸太が次から次へと浜の斜面を転がっていってしまう。それを走って回収するという無駄な作業にほとんどの体力を奪われ、1時間かかってようやくレンガの山一つを運び終えるという、激務となった。それでも運びきれなかった残りのレンガは、後日スタッフが。期待の新人、生粋の島人AD盛が苦戦を強いられる。

ハゼ蝋で和ロウソク作り2017/2/26

森の中で見つけたハゼノキ。
日本では江戸時代から、ハゼの実からとれる蝋でロウソクを作った。
DASH島には、ランプもあるが、燃料の椿油にも限りがある。
そこで、この“ハゼ蝋"使って、和ロウソクを作ることにした。
しかし、ハゼの実が生っていたのは、手が届かない高い枝の先。
そこで、古代人も使っていた、ロープの先端に石を括り付けた狩猟道具をこしらえ、それを枝に絡めて、振るい落とす作戦に出た。
そして、やっとのことで調達したハゼの実を、棒で叩いて枝から外し、石臼で砕いて、皮と種にふるい分けた。
蝋が含まれている皮の方を蒸し、DASH島特製の搾り器で、圧力をかければ、面白いように蝋が染み出してきた。
これを鍋に入れて火にかけ、完全に溶かし切ったら、漂着物のプリン容器と巨大な竹に流し込み、成型した。
出来上がった和ロウソクは、やわらかい灯りで舟屋を照らした。

消えたヤモリの卵2017/2/5

冬の乾燥肌が気になるアラフィフ城島は、デンプンに保湿効果があることを知り、島のユリ根から作った片栗粉で温熱パック。
本来は、片栗粉に水を入れて火にかけ、クリーム状になったものを顔に塗るのだが、城島は加熱し過ぎたゲル状のパックで火傷寸前。
一方、昨年、舟屋の梁に産み付けられているのを発見したヤモリの卵は、3か月経って様子を見に行くと、生まれたのか、ヘビに喰われたのか、すでに無くなっていた。
そこで、観察カメラを確認してみると、日を重ねるごとに、卵の中の影が活発に動き、確かに何かが育っていた。
しかし、スタッフが台風で上陸できなかった、わずか2日の間に、卵は姿を消し、真相は分からずじまいとなった。
きっと無事に生まれて、どこかに身を隠しているに違いない。
成長して再会できることを願いつつ、春を待つことにした。

黒いダイヤと島のオイスターソース2017/1/22

耐火レンガ1万個、それは城島・職人・スタッフ総出で作った反射炉建設計画に欠かせぬ物。これを、DASH島に運び入れた。
数の多さもさることながら、築炉予定地は波が打ち寄せる浜。
濡れてしまえばレンガは炉に使えないため、細心の注意を払った。

一方、岩場で冬の味覚、マガキを調達していた松岡は、島の新たな調味料として、“オイスターソース"を作ることを思いついた。
本来は、牡蠣を煮出し、醤油・砂糖・小麦粉などで味を調えるが、無人島では、島の調味料を駆使して作るしかない。
まずは、井戸水で牡蠣の身を白濁のするまで煮出し、布で濾して、エキスだけを抽出、島味噌を加え、片栗粉でトロみを付けた。
さらに、2年前から準備していた“黒いダイヤ"を使って、「干しナマコのオイスターソース煮」作りを試みた。
黒いダイヤは、黒ナマコを乾燥させた、中国では高級品とされる干しナマコで、腸のコノワタ、卵巣のコノコも高級珍味となる。
港跡で調達した黒ナマコを、海水で茹で、3週間天日干しすれば、1/50ほどにまで硬く縮み、まさに黒いダイヤが出来上がった。
これを2日間かけて水で戻し、アケビ油で炒め、牡蠣エキスを加えて、島の味噌を隠し味に、片栗粉で煮込めば、DASH島初の中華料理「干しナマコのオイスターソース煮」が完成した。

耐火レンガ作り2017/1/8

DASH島の反射炉に不可欠な耐火レンガを求め、城島は耐火レンガの一大産地、岡山県備前市へ。
日本有数の耐火レンガの製造工場で、そのノウハウを学んだ。
備前焼で知られるこの地では、良質な粘土と共に、耐火レンガの原料となる高純度の“ろう石"が採れる。
それを材料に、機械を使って400tの圧力でプレス、トンネル状の窯で2日間かけて、じっくり焼き上げる。
しかし、ろう石が採れる産地は日本でも数えるほどしかなく、もちろん、DASH島にもない。
そこで、プロからの提案で、不要な耐火レンガを砕いて練り直し、新たな耐火レンガに再生することに。
だが、設計図から職人たちが弾き出した、反射炉に必要なレンガの数は、およそ1万個。
地元の窯元や中古レンガを回収する業者の方々から、炉や窯の解体などで出る、不要となった耐火レンガを大量に譲り受けることができた。
それらを、工場の設備をお借りし、細かく粉砕、水を加えてこね、一つ一つ、プレス機で成型していく。
だが、目標まではまだまだ…。1万個まで残り9680個。