2013年12月15日 放送内容DASH島無人島を開拓できるか!?

この日、城島は山の中で一人、粘土質の土集め。
それは、建設中の舟屋の屋根に瓦を敷く為の接着剤として使う土。
しかし、土嚢袋は1つ20kg、手で運ぶには限界があった。そこで、
城島「やっぱり、背負子(しょいこ)やね」
以前、城島が廃屋で見つけた背負子を使う。
帰りは下り坂、両手も自由に使えるので危険も少ない。
だが、歩いてるうちに、背負子から飛び出していた釘に土嚢袋が引っかかり、そこから破れて土がこぼれているのに気づき、結局、手で運ぶはめに。
舟屋に必要な瓦も土もまだまだ足りない。
これが集まらなければ瓦が葺けず、雨で屋根の木材が傷んでしまう。
そこで、手の空いたスタッフも交代で、メンバーも島にいる時間のほとんどを材料集めに費やした。
結局、TOKIOとスタッフ総勢15名が都合2週間を費やし、ようやく、島中から大量の瓦と土を集めた。
そして、瓦葺きにはさらに必要なものがあった。
神社の屋根は屋根作りのお手本、土葺き。
そこには、木で出来た下地と土の間にまだ何かある。
達也「皮だ、杉の皮」
土を接着剤代わりに瓦を葺く場合、土の下に杉の皮を敷く。
これによって、染み込んでくる雨水から屋根を守る事ができる。
しかし、この島には皮を剥がせるような適当な木はない。
そこで、達也が向かったのは、山にある民家跡。
達也の目当ては、木箱の底に敷いてある古新聞。
もちろん、このままでは防水効果はない。
達也が持ち込んだのは、柿を発酵・熟成させた液体“柿渋"。
かつて、DASH村で古民家の柱にも塗って使った天然の防水・防腐材。
柿渋に含まれる柿タンニンという成分が、酸化する事で防水効果を発揮する。
さらに、達也と城島が新聞紙だけで自転車を作ったときにも、新聞紙の強度を上げるために塗ったのが、柿渋だった。
これを新聞紙に塗れば、杉皮の代りに使えるはずと達也は考えた。
柿渋を新聞紙にしっかり染み込ませ、あとは天日干しで乾かすと強度が増し、水も弾くようになる。
一時間かけ、ひたすら干した柿渋新聞120枚、これが乾くと、
達也「(新聞紙が)硬くなったね」
手触りは油紙を固くしたようなパリパリした感じ。
試しに水を掛けてみると、ちゃんと弾いて水も通さない。
これを晴れの日を選び、スタッフが代わる代わるで二日間、120枚の柿渋新聞を屋根に貼り、下準備は完了。
そして、いよいよ瓦葺きへ。
尾谷棟梁によると、瓦葺きの作業は、まず屋根の上に土を載せ、その上に瓦を1枚ずつ押さえ付けていく。
これを繰り返していくが、まずはその土の準備。
運んできた粘土質の土の、大きな塊をあらかた潰したら、
尾谷棟梁「(土に)水入れて練ろうか」
丁度良い硬さでなければ、瓦がしっかりと安定しない大事な作業。
水と土の比率を調整しながら、練っていく。
これは、なぜか練る作業が得意なベテランアイドル城島が仕上げた。
そして、その土の上に載せていく瓦だが、無人島の集落跡で集めた瓦の中には、見かけない形のものも。
端が折れ曲がったような形の瓦は、屋根の角に収まる“角瓦"。
それ以外にも、屋根のほとんどを占める“桟瓦"、屋根の一番上にかぶせる“紐丸瓦"など、これら様々な瓦が組み合わされ、家の中に雨が入るのを防ぐ。
瓦の役割がわかったところで、瓦を一枚一枚、葺いていく。
手順は、まず屋根の下地に粘土質の土を載せ、その上に瓦を置いていくが、ここで必要なのが柄の部分に目盛りが付いた金槌。
これを軒に当て、瓦を目盛りに合わせて、出っ張り具合を調整すれば、何枚葺いてもズレることはない。
最後に、瓦に開けた穴と打ち付けた竹ひごに番線を通して固定する。
瓦は1000枚以上、わずかなズレも最後には大きな狂いに。
作業は慎重かつ、急ピッチで進んだ。
水を含んだ土は、バケツ1杯およそ12kg。
これを2階の足場までロープで一気に引き上げる。
その間にまた土を練り、次々と運んでいく。
貴重な瓦は慎重に手で運び、土を盛り、瓦の位置を調整し、最後は番線で留める、これを繰り返す。
数時間後、達也、城島の2人の手際は見違えるほど上達。
しかし、番線を使わず、土の上に載せるだけの桟瓦へと進んだのは、この日の午後だった。
メンバー総出で取り組み、二日間かけてもまだ4列。
そして、この日、城島は南の岩場でカメノテ探し。
城島のいる周辺は満潮になればほとんど海の中。
カメノテはこのような潮の満ち引きがある岩場に多く生息する。
そのカメノテで、以前、城島が作った塩茹では美味だった。
と、指で触ると、ゆっくりと動いた。さらに、
城島「(殻が)開いて中から何か黒いものが出てる!」
これは見たことのない姿、もっとじっくり確認せねば。
そこで、無人の防水カメラを設置し観察することに。
これなら、潮が満ちたあと、水中での様子も確認できる。
丸一日撮った映像を確認してみると、波が打ち寄せると同時に我先にと殻が開き、黒い手のようなものが飛び出てくる。
城島「触手みたいの出してプランクトン食べてんのかな」
後から調べてみれば、この黒いのは「蔓脚(まんきゃく)」と呼ばれるカメノテの脚にあたる部分で、12本ある。
この蔓脚で海中のプランクトンを捕まえ餌にしている。
そして、潮が満ちてきたカメノテの動きは、
城島「潮に浸かってしもたら(蔓脚)出てけえへん」
さらに、蔓脚以外にも1本だけ長い触角のようなものが。
餌を食べる時の蔓脚とは違い、ヤケに動きが活発。
城島「隣のカメノテと触覚同士で握手してた」
この動き、城島には見覚えがあった。
それは、DASH海岸で見たイカの交接行動。
触手同士を絡ませる、その動きに似てなくもない。
城島「(触覚は)子孫を増やすキーワードやからね」
後で調べてみれば城島の推測通り、これは生殖器。
ならば、さっき見た握手のような光景は、交尾をしていた可能性も。
そして、城島はこんなものも見つけていた。
城島「生まれたばっかりのカメノテ」
謎は多い生き物だが、美味しいという事だけは間違いない。
瓦葺き作業中のメンバーのために獲って持ち帰ることに。
城島「違う調理法も試してみたい」
前回は、シンプルに海水で塩茹でしたが、今回は新たな楽しみ方、カメノテの浜焼きにする。
達也「貝とカニがギュッと詰まった味!」
瓦葺きが進む中、城島はある町を訪れていた。
愛媛県今治市菊間は瓦が乾きやすい温暖な気候と、薪となる木材の多さから750年前から瓦の産地に。
鎌倉時代から続くその瓦は、“菊間瓦"と呼ばれている。
今では、駅舎の屋根も消防署の屋根も瓦葺き。
神社の狛犬まで、瓦の素材でできている。
しかも菊間瓦は、皇居や京都御所の屋根にも使われている高級品。
お寺など瓦屋根の上に構えられている、魔除けの鬼瓦。
その起源は諸説あるが、古代ローマで建物の入り口に飾ったメドゥーサ。
それが1400年前に伝わり、始めは蓮華(れんげ)模様、後に鬼の全身へと変わり、さらに現在の鬼の瓦へ。
厄除けだけではなく、雨水の浸入も防いでいるという。
城島「舟屋にも鬼瓦(魔除けに)必要やなあ」
舟屋にも守り神を据えようということらしい。
そこで、訪ねたのが老舗の瓦屋さん「菊銀製瓦(きくぎんせいが)」。
実は、7年前にソーラーカーの旅でも訪れた場所。
その道すがら立ち寄った菊銀製瓦は、130年以上続く老舗。
こちらでは現在、25歳の女鬼師・菊地晴香さんが、4代目の父・陽一郎さんに代わって、瓦作りを支える。
鬼師とは、鬼瓦の作り手のこと。
晴香さんは、四国随一の鬼師だった祖父に憧れ、18歳で鬼師になり、跡を継いだ。
今回は春香さんが師匠となり、城島の鬼瓦製作を指導してくれる。
材料の土は水を多めに軟らかい状態になるよう練る。
晴香さん「柔らかい方が成形しやすく、粘土同士もくっ付きやすい」
機械で板状にした粘土をそのまま使ったり、ちぎって・丸めて・盛りつけて、鬼瓦の形を作っていく。
今回は型などは用いず、城島の盛り付けでオリジナルの形を作る。
まずは、鬼瓦の基本となる図面を板状の粘土の上に敷き、上から線をなぞることで大体のパーツの位置を下書きする。
そして、輪郭を切り取ったら、これを土台に顔のパーツを盛っていく。
その土台に傷を付け、水で濡らして粘土が溶けた部分に、鼻筋のベースを接着し、立体的にしていく。
晴香さん「ここから顔の盛り付けに入ります」
まずは、下書きに沿って、輪郭、眉毛、おでこの部分、そして、目、さらに鼻とアゴを付ければ形はみるみる変わっていく。
城島「(鬼っぽい)顔になってきた」
原型ができたら、今度は“金ベラ"という道具で凸凹をならしていく。
こうして表面を磨きつつ、彫りを深く、表情豊かに作っていく。
晴香さん「鬼は目が鋭くて、彫りが深い方が怖く見える」
目玉を磨き、下まぶたも思い切って切り込むと、目の表情だけで、顔の印象が鬼瓦になっていく。
さらに慎重かつ大胆に、鼻・口・耳などの形も整えていく。
次第に城島の金ベラの扱いも滑らかになり、随分鬼らしくなってきた。
城島「目鼻立ちがはっきりした顔や」
晴香さん「はっきりしてた方が屋根に上がった時にぼやけない」
続いての工程は、模様付け。
まずは、髪の毛を切り込んで鬼に躍動感を与える。さらに、木ベラで眉毛のシワ、威圧感が増し、これで魔物を追い払う。
そして、いよいよ鬼の象徴である角を作る。
専用の型に土を入れ、奥まですき間なく押し込めば完成。
この角を城島は、上向きに、ちょっと開いて勇ましく取り付ける。
城島「鬼になった!角を付けたら全然(表情)変わった」
そして、命を吹き込む最後の仕上げ、目と鼻の穴を開ける。
城島「(目の位置は)見下ろされる感じが怖いんやろうな」
が、実際穴を開けてみると、少々上向きになってしまい、その情けない顔を見て、自分の顔に似せようと思いついた城島。
コンプレックスであるほうれい線が際立つ、茂瓦が完成。
本物と並べても、なかなかの出来。
これを、乾燥させ、若干、縮んだ鬼瓦に、つや出しを吹き付けていく。
あとは、窯に入れ、焼き上がりを待つだけ。
そして、数日後、DASH島に焼き上がった瓦を持参。
実は、茂瓦を作った後、他の4人の鬼瓦も作っていた城島。
下から見上げて分かるよう、それぞれの特徴をハッキリと持たせた。
太い眉は、強い意志の現れ、達也の山瓦。
あらゆる危険を嗅ぎ付ける、太一の国瓦。
邪気を追い払う、ワイルドなヒゲ、長瀬の長瓦。
松岡の松瓦のおでこには、トレードマークのサングラス。
屋根に据える位置はやはり、いつものTOKIOの並びか。
それから、瓦葺きのペースは更に上がり、海側は残りわずか。
山側の屋根にも取りかかっていた。
しかし、この秋、列島を縦断した猛烈な強さの台風18号。
それは、DASH島も通過し、スタッフもしばらく上陸できなかった。
果たして、舟屋の瓦は無事なのか?
数日後、上陸した達也と城島が様子を見に行くと、一部ではあるが、強風で瓦が剥がされてしまっていた。
城島「端っこの一番高い所から、めくれ上がったんやろね」
舟屋のある港跡は、風の入る方向が限られている。
達也「こっち(山側)からは絶対に風は吹かない」
それは、舟屋の裏山がほとんどの風を遮ってくれたということ。
確かに、台風18号の強烈な風は、主に島の北西から。
しかし、港跡のその方向には、山や木と風を遮るものがある。
そのため、風が当たる北側の浜が荒れ模様でも、港跡は、風も弱く、水面も波立つ程度。
改めて思う、舟屋をこの場所に建てた判断の正しさ。
だが、わずかに風が抜ける部分の瓦が巻き上げられたと考えられる。
とにかく、使える瓦を集め、再び葺き直し。
そして、1時間程で瓦の修復を終え、この日二人は森の中へ。
達也「去年は長瀬と見つけたんだ、時期はいいよ」
季節は嬉しい実りの秋、以前、国分坂の近くで、食べ頃の山のフルーツ“アケビ"を見つけていた。
そして、今年も期待を裏切ることなく、実ってくれていた。
ポツンと一つだけのものや、3つ並んだものなど実の生り方は様々。
そして、最高に熟した実がたわわに生ってる木を発見。
無人島では貴重な甘味を15個もゲット。
達也「ドラゴンフルーツの酸味がない感じ」
十分に糖分を補給したら、再び瓦葺き作業。
時間のかかった瓦葺きも終わりが見えてきた。
そして、残る一列分の作業をしていた時に気付いた。
城島「瓦が少し出っ張るなあ」
そう、最後の列だけ瓦が中途半端に飛び出してしまう。
この一列だけはもう一手間、特別な作業が必要。
そこで、鬼瓦作りでお世話になった、瓦職人の菊地陽一郎さんと晴香さんに知恵を借りることに。
陽一郎さん「半分に割って“半瓦"にせんといかんですね」
半瓦とはその名の通り半分のサイズの瓦の事。
すき間に対して、 瓦がおさまらない時に使われた・職人の技。
現在では専用の道具でカットするが島にはないので、
陽一郎さん「金槌で割るんですよ」
まず、瓦に目安となる、割りたいラインに傷を付け、金槌の角で同じライン状を叩くことで、真っ直ぐ均等に傷が付き、そこからきれいに割れるという。
コツは1直線に叩いていくこと。
しかし、古い瓦は割れにくく、貴重な瓦のため、慎重に。
師匠たちの力を借りて、ひたすら瓦を割り続け、ようやく半瓦96枚が揃った。
そして、残りの一列も無事に葺き終え、舟屋はますます家らしく。
と、一区切りついた達也と城島に嬉しい差し入れが。
晴香さん「レアチーズケーキ作ってきました」
普段は、迫力ある鬼瓦を作る晴香さんだが、今日の女鬼師の会心作は、甘みを控えたレアチーズに、ブルーベリーとシュークリーム、さらに、真ん中には可愛らしいウサギが2匹も乗っている。
城島「これ美味しい!売ってるやつみたい」
そして、この日はいよいよ舟屋の守り神、重さ10kgを超す“鬼瓦"を屋根に取り付ける。
その方法は、全ての重さを支えるため、銅線を打ち込み、家本体に直接固定する。
まずは、土台となる巴瓦(ともえがわら)を葺き、しっかり固定。
その上に、左右正面の傾きを見ながら鬼を載せる。
位置が決まれば、後はズレないよう銅線で留める。
こうして、守り神が据わった屋根の見栄えは、まさに
太一「近寄りがたい威圧感!存在感あるわあ」
そして、鬼瓦が載った舟屋は次なる段階、瓦葺きの要、最上部へ。
↑ページTOPへ