4月21日、福島にも春が来て、桜の花もすでに満開を過ぎていた。いつもこの時期に種もみを播くので、3月くらいから塩水選をしたり、水に浸したりと準備をするのだが、まさかの季節外れの大雪。確か、テレビの天気予報でも観測史上初とか言っていた。


しかし、準備していた種もみはちょうど適期を迎え、いい具合に芽が動き始めたていたので、去年もお世話になった難波さんのお宅で、種まきを決行した。村でお世話になった方々も集まってくれたので、みんなでハウスの中で新男米の種まき開始。こういう風に集まって、新男米を育てられるのは、本当に嬉しい。久しぶりに会うと話も尽きず、手間のかかる一粒まきの面倒も忘れ、あっという間に播き終わった。


それから一か月後の5月下旬。幸いあれから大雪が降る事もなく、夏日になるほど暑い日もあって、順調に育った苗。いよいよ田植えを迎えた。僕にとっては4回目の田植えだったので、大分慣れてきたんじゃないかと思っていたのに、どうしても一人遅れてしまう。村のように三角定規を使って一列に並んで植える訳ではないから、待たせる心配はなかったが、途中、見かねたみんなが手伝ってくれた。DASH村を離れ、土を触る機会がすっかり減ってしまった現在、久しぶりに土や水に触れ、そして、DASH村でおなじみだった皆さんの笑い声を聞けて自然と癒されたし、純粋に楽しかった。田んぼは、これからの管理が大事だけど、今から食べるのが楽しみで仕方がない。


そして、久しぶりのDASH村にも行った。僕の中では、あの時からDASH村の時間は止まっていて、変わっていないように思えたのだけれど、2年の歳月は物も建物も畑も色あせるのに十分な時間だった。畑は、雑草に覆い尽くされ、毎日のように使っていた鍬や収穫バサミは錆びてボロボロになり、スタッフの長靴や日用品はホコリが被っていた。役場の扉も、全く使われないのに、何故か立て付けが悪くなっていた。物は使われているうちに古くなっていくのではなく、使われなくなると古くなる。やはり、物は使われてこそ、美しく輝くのかもしれない。


その一方で、新緑はとてもキレイで、生き物たちも元気だった。カエルの鳴き声は、競い合って合唱でもしているかのように、調整池や溜め池、沢と至る所から聞こえ、オタマジャクシももう少しで手足が生えてくるまで成長していた。イチゴは、手入れもしていないのに、水車の近く一帯を独占する程生長し、花を咲かせていた。そこには、ハナアブなどの虫が蜜を吸いにやって来ていて賑やかだった。桃や梨も小さな実を付けていたので、秋に立派な実を付けてもらう為に摘果など、手入れをしたくなった。しかし、自然に力強く生長しているものもあれば、カエル池では水がにごり、あんなにいたモリアオガエルが全く見られなくなるなど、里山も荒廃した場所が多かった。
古民家で生活し、畑を耕し、里山と共に生きたDASH村もやはり、人がいて、使われてこそ美しく輝くんだなと気づかされた。

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