きょうは何の日

2009/10/21

1995年10月21日 沖縄県民総決起大会が開催された日

基地問題に揺れる沖縄。
在日米軍施設の74%が集中する沖縄では基地を巡る不条理が人々を苦しめてきた。
そのひとつが米兵による事件や事故である。
アメリカとの協定により罪を犯した米兵の身柄は
起訴されるまで日本側に引き渡されることがないのだ。

今から14年前米兵3人が12歳の女の子を集団暴行した事件があったが、
アメリカとの協定を楯に日本側に身柄が引き渡されることは無かった。
1960年、日米安保条約改定とともに締結された「日米地位協定」により
日本国内で米兵などが犯罪をおこしても現行犯でない限り
すぐに拘束することができないのだ。

少女の両親はあえて事件を公にし日本全国に不条理を訴えた。
そして沖縄県民の怒りは頂点に達し、1995年の今日、米軍の存在に抗議する
「沖縄県民総決起大会」が開かれた。
会場は8万5千人の群集で埋め尽くされ、
戦後50年つもりにつもった"怒りの爆発"をみせた。

しかしこの大会に参加していた青年に悲劇が起こってしまう。
海老原鉄平さん(当時19歳)は沖縄で大学の受験勉強をしていた。
大学受験も終わり合格発表を待つばかりだったが、残酷な形で彼の人生は断たれた。
鉄平さんが運転するバイクに米兵が運転する乗用車が激突したのだ。

息子の死の知らせに沖縄にかけつけた父親の大祐さんを待ち受けていたのは、
信じられない米軍側の対応だった。
30分の遅刻で現れ、車の中では談笑。病院に行く前に基地に寄り道などもされた。

この事故が「公務外」でおきたため、米軍側は全く対応してくれなかったという。
「加害米兵と被害者で勝手に示談してくれ」とも言われた。

息子の死後、届いた大学の合格通知。
命とともに夢をも断たれた息子の無念を胸に、裁判を起こした。
加害者の米兵は法廷に顔を出すことはないまま、およそ1年後に
米兵に禁固1年執行猶予4年の判決が下った。

しかし損害賠償訴訟の最中に、米軍が加害米兵に対し本国への転勤を命じた。

怒りの中で海老原さんは被害者の会を結成。
今も地位協定の見直しを訴え続けている。

歴史的な決起集会から14年。
日米地位協定を巡る問題は未解決のままだ。
今も様々な矛盾を抱え沖縄に大きな影を落としている。

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