放送内容

2016年2月17日 ON AIR

脳が飛び出た少女 奇跡の手術

2014年6月、アメリカ・コネチカット州。
この街に住んでいる、ジェイミー・デュシーンは
工場に勤める夫のアンディーと長男のローガン、そして夫の両親の
5人で暮らしていた。


そんなジェイミーは妊娠5か月。
新しい家族の誕生が待ち遠しかった。


"胎児の顔に見える影"


しかし、定期健診で赤ちゃんの顔になにか影のようなものが見つかる。
大きな病院で精密検査が必要との事だった。
心配になるジェイミー。


数日後、夫のアンディーと車で2時間以上かけボストンの大きな病院へ。
精密検査の結果、赤ちゃんの顔に見える影は「脳瘤」だと判明した。


脳のコブと書いて「脳瘤」。
頭がい骨の欠損した部分から脳や脳を覆う髄膜などが出てしまう疾患で
原因は胎児の遺伝子異常や、妊婦の葉酸というビタミンの欠乏などが考えられている。


日本では新生児の1万人に1人と言われ、程度も様々。
ジェイミーのお腹の子は目と目の間の頭がい骨に穴があり、
そこから脳の一部が出ていると思われた。


医師によると、発育が順調であれば出産は問題ないが、
赤ちゃんの症状は生まれてみないと分からないという。
また、脳瘤が大きければ帝王切開も必要との事。


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検査結果に衝撃を受けた2人。
しかし、お腹の中の子どもはかけがえのない存在。
家族全員で支えていこうと決めた。


"顔にコブのある女の子を出産"


そして2014年9月。
妊娠8か月を迎えようとしたとき、突然ジェイミーの下腹部に強い痛みが。
陣痛だった。


その夜、予定日より2か月も早く体重1616gの小さな女の子を出産。
その眉間には、やはり大きなコブがあった。


キーラと名付けられた娘は、脳の超音波やMRIなど様々な検査を受けた。
その結果、頭がい骨前部に欠損が確認された。


通常、脳瘤は後頭部に出来るケースがほとんど。
キーラの様に顔にできるケースは1割ほどだという。


飛び出てしまっている脳が司る部分によって現れる症状は様々。
例えば、脳の後ろ側は視覚を司っているため、後頭部の脳瘤だと視覚に障害が出る事が多い。


キーラの脳瘤の場合、飛び出ているのは前頭葉の一部と考えられた。
前頭葉は思考や判断、感情など社会性や理性に関与する部分。
万が一脳瘤が損傷すれば、その機能に障害が起こる可能性があった。


さらに、頭がい骨に守られていない皮膚のみで覆われた脳瘤の部分は
感染症にかかりやすく、脳炎などで命を落とす危険性もあった。


医師によると幸いキーラの体調は重篤ではないため、
体調が安定するまで1年ほど待ち、治療を始めるとの事だった。


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この子を1年無事に守り続ける。そんなこと出来るのだろうか?
不安でいっぱいのジェイミーと夫のアンディー。
そんな時、生まれたばかりのキーラが両親に向かって笑顔を見せた。


キーラは元気に生きている。
ジェイミーとアンディーはこの子を守り抜こうと心に誓った。


"どんどん肥大していく脳瘤"


生後10日で母乳を飲めるようになったキーラ。
徐々に体重も増え、脳の状態も安定した。
そして生後33日後には退院することが出来た。


順調に育つキーラに家族は安心していた。
ところが3か月を過ぎたころ、ジェイミーはある異変に気付いた。
そろそろ目が見え始める時期なのにキーラの視線が合わない。


生まれたときは直径2cmほどだった脳瘤は成長とともに大きくなり
生後3か月でおよそ3.5cmにまで肥大していた。
そしてこのコブは右寄りにある為、キーラの右目視界を遮っていた。


その為、見えづらい右目を使わず見えやすい左目ばかりで物を見ようとする。
このままでは右目の視力が落ちてしまう事も考えられた。
そこでジェイミーはキーラの左目をガーゼで塞ぎ、積極的に右目を使わせた。

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しかし、不安はそれだけではなかった。
大きくなっていく脳瘤はキーラの鼻まで押しつぶすようになっていた。
このままでは呼吸に問題も起きかねない。


この状況から医師は、生後1年で行う予定だった手術を前倒しし、
生後6か月で行う判断を下した。


生後6か月になると、キーラの脳瘤は直径が約5cm。
パンパンに膨らみ、今にも破裂しそうだった。


手術はもちろん困難なものだった。
キーラの脳瘤の中にある脳の一部を傷つけずに頭がい骨内に戻すのは容易なことではない。
無理やり戻すと圧が高まり脳出血の恐れもあった。


その場合は脳の一部を切除しなければならない。
そしてそれにより起こりうる後遺症の事も考えなければならなかった。


さらに、頭がい骨の穴をどう塞ぐか。
幼い子どもの場合は成長するので人工的な金属製のものは使えない。
その為、キーラの頭がい骨の一部を切除し穴を塞ぐ方法を取ることにした。


"9時間に及ぶ大手術"


2015年3月11日。キーラの手術が始まった。
手術は20人体制で行われた。


乳幼児の不安定な呼吸や血圧を意識しながら慎重に全身麻酔を行い、
麻酔が効いたところで脳瘤を切開し、内部の状態を確認した。
その結果、当初予定していた頭がい骨の内部に脳を入れる事は難しい事がわかった。


医師たちは、飛び出た脳の切除に踏み切った。
人間の前頭葉は他の部分に比べ、部分的に切除しても大きな症状が出ない事が多い。
子どもの場合は脳の別の部分が成長に合わせて機能を補う事も考えられた。


こうして、生まれてからずっとあった脳瘤は取り除かれた。
ここからは頭がい骨の修復。
乳幼児の頭がい骨は上部に穴がある。これは成長に合わせて大きくなり自然に閉じていく穴。
この周辺にある柔らかい骨を切除し、目と目の間にできた穴を塞いだ。


9時間にも及ぶ大手術は大成功。
医師の報告を受けて喜ぶ両親。
キーラは小さな体で命がけの大手術に耐え抜いた。


そして手術から11か月。
キーラは笑顔を振りまきながら、元気に部屋を走り回っていた。
顔は綺麗にコブが取り除かれ、
うっすらと手術痕は見られるがとてもきれいな顔立ちになった。

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キーラはコブが無くなったことで視界が開け、好奇心が増えた。
今の所、大きな後遺症も見られないが今後も定期的な健診は必要とのこと。


両親は、将来キーラには、
好奇心が赴くまま、自分の意思で自由に生きてほしいと願っている。

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