放送内容

2016年5月 4日 ON AIR

娘の食欲と両親の苦悩

イギリスの首都、ロンドンから南へ約85キロ。
シーサイドリゾートとして知られる町、ブライトン。


去年、この町のある家族がイギリス国内で大きなニュースとなった。
夫のマルコム・パッカムと妻のジャネット。
二人は今、深い悲しみの中にいる。一体この夫婦に何があったのか?


"2人には愛する娘がいた"


マルコムとジャネットの間にはサマンサという娘がいた。
サマンサは1995年生まれ。両親の愛を一身に受けて育った。


そんなサマンサは幼いころからぽっちゃりした女の子。
食べることが大好きで、両親も美味しそうに食べる娘の姿が愛おしかった。


8歳にしてすでに体重は60キロ。
実はサマンサ、発達障害があり特別支援学校へ通っていた。
学校ではいつも積極的に行動し、友達も多かった。


そんなある日、いつもの様にサマンサは夕食を食べ終えたのだが、
その3時間後、両親が知らないうちにキッチンで冷蔵庫にある食べ物を
むさぼるように食べていた。


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その事に気付いた母のジャネットはサマンサを注意。
しかしその後も夜な夜なサマンサはキッチンにある食べ物を食べ続けた。


やめさせようとするとサマンサは激しく抵抗した。
昼夜を問わずサマンサは隠れてつまみ食いを繰り返す毎日。
マルコムとジャネットが何度叱っても効果が無い。


何とかやめさせようと、ジャネットは家にお菓子を置かないようにしたり、
冷蔵庫の食材もその日に使い切るなど様々な対策を取ったが、
サマンサは食べ物がない事で癇癪を起こし、家の中で大暴れをするようになった。


"止まらない娘の食欲"


両親は娘の体に何か異常があるのではないかと考えるようになった。
ホームドクターに相談してみたが、大きな問題はない。
ドクターのアドバイスの元、間食は取らないように3度の食事の時だけは
食べたいだけ与えるようになった。


サマンサの様に、発達障害を抱える子どもが異常な食欲を示す例は時折見られるという。
満腹中枢の働きに異常がある場合もあるが、効果的な対策は、
簡単に食べ物が手に入らない環境づくりや根気よくいけないことだと言い聞かせること、
そして専門家から適切な指導を受けることなどが挙げられる。


サマンサは14歳になる頃には体重が100キロを超えていた。
この頃のサマンサは家の手伝いをする事で週に約750円のお小遣いをもらっていたが、
そのお金はすべてお菓子代につぎ込んでいた。


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そんなサマンサを心配した両親は、小遣いを与える事をやめた。
すると翌日から道端をうろつき始めた。サマンサは落ちているお金を拾い集め
そのお金でお菓子を購入したのだ。


"離れ離れで暮らすことに"


大きな体で道端をうろつくサマンサは町中に知れ渡った。
そんなある日、マルコムとジャネットの家にソーシャルサービスの者と名乗る女性が
訪ねてきた。


イギリスは手厚い社会福祉政策で知られている。
ソーシャルサービスとは公的に行われる社会福祉政策の総称で
各地方自治体が管轄している。


今回、ソーシャルサービスの担当者は、サマンサの生育環境について
聞き取り調査にやって来たのだ。
担当者によると、近所に病的に肥満している子どもがいるとの通報があったという。


マルコムとジャネットはこれまでの娘に関する異常な食欲について話した。
担当者はサマンサ本人にも聞き取りをしたが、サマンサは見知らぬ大人を警戒してか、
一言も発しなかった。


そして2週間後、調査の結果が両親に伝えられた。
ソーシャルサービスはサマンサは両親と離れて養育すべきだという結論に至った。
このままではサマンサは健康を害する危険が非常に高いという。
両親から離れて生活をしっかり管理すべき、と言われた。


いきなりの事だったが、マルコムとジャネットは反論できなかった。
確かに自分達ではサマンサを止めることが出来ない。
両親は娘をソーシャルサービスに委ねることに決めた。


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戸惑うサマンサに両親はいい子にしていたらすぐに帰れると伝え別れたが、
実際は18歳までは親元に帰ることが出来ない決まりとなっていた。
そしてサマンサは親元を離れ暮らすこととなった。


厳しい食事制限の元、定期的に運動もさせられる。
両親との面会のたびにサマンサは帰りたいと泣いて訴えた。


こうしてサマンサは16歳までの2年間をこの施設で過ごした。
その間、体重は10キロ減らすことができた。健康管理はまずまず成功。
その後は里親の家族に預けられることとなった。


"誤算だった里親との暮らし"


イギリスでは里親となるのに特別な資格はいらず、養育費も支給される。
この期間は親から子どもに連絡を取ることは出来ないが、子どもからなら週に一度OK。
里親家庭に預けられてしばらくたったころ、サマンサも両親に電話をするようになった。


しかし電話でのやりとりをしているうちに母のジャネットはある異変に気付く。
里親はサマンサを残して外出することが多く、サマンサの食事はデリバリーばかりだった。
つまり、好きなものが好きなだけ食べられる環境になっていたのだ。


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これではこれまでの苦労が水の泡になってしまう。
両親はこの事実を確認したのち担当者に訴えたが、その後も状況は変わらなかった。
里親の中には養育費を受け取っておきながら養育義務を果たさない例も多く、
イギリス社会でも問題視されている。


両親も必死で訴えるが、全く改善されないまま時間だけが過ぎていく。
里親に預けられたサマンサは1年で体重が200キロ近くに増えていた。


こうなると歩くだけで一苦労。面会のたび、両親も心を痛めていた。
サマンサからの希望もあり、3年ぶりに家族三人で暮らすこととなった。
しかし、この頃のサマンサは動けないからと外に出ることを嫌がり家にこもるように。


"太り過ぎた娘の体が悲鳴を上げる"


両親は仕事があるため24時間一緒にいることが出来ない。
サマンサを一人にすると、再びサマンサは両親の目を盗んでお菓子の買い食いを始めた。
これでは元の木阿弥。体重も全く落ちなかった。


こんな生活が2年たったある日。
サマンサの太り過ぎた体がついに悲鳴を上げた。

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2015年、7月19日。
肥満が原因による肺の動脈に血栓が詰まる病気、肺塞栓症により、
サマンサはわずか20年の生涯を閉じた。


愛する我が子を失ったマルコムとジャネットは深い悲しみにくれた。
今でもサマンサの食欲をどこかで止めることは出来なかったのか、ほかに方法が
あったのではないかと考えてしまうという。


愛する娘を救えなかった後悔。
両親は今でも自責の念にかられながら過ごしている。

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