放送内容

2016年8月 3日 ON AIR

高額で命を狙われる女性

日本のおよそ5倍の国土をもつ中米メキシコ。
温暖な気候で、沿岸部には有名なリゾートが数多く、さらにマヤ文明の古代遺跡など、
世界遺産も多数。世界各地から観光客が訪れる国。


国境の町、ティファナもまた、アメリカから日帰りで観光が楽しめる町として人気。
陽気なメキシコ音楽が彼らを歓迎してくれる。
ところが、そんなメインストリートから数ブロック奥へ入ると...様子は一変する。


実はこの一帯は白昼から銃撃戦が起きるほど治安が悪いという。
そして治安の悪化はここだけではなくメキシコ全土に広がっている。
メキシコで今、何が起きているのか!?


仰天スタッフは、その事情をよく知る人物と接触することができた。
アナベル・エルナンデスさん。これまで数々の賞を受賞してきた
メキシコ人女性ジャーナリスト。


アナベルさんによると今メキシコをむしばんでいるのは「麻薬」だという。
莫大な利益を生む麻薬の密売。それを生業とする反社会組織『麻薬カルテル』が、
メキシコ社会では横行している。


組織同士の抗争、それを取り締まる警察との衝突...
毎日のように起きる暗殺、凶悪犯罪...
それは『メキシコ麻薬戦争』と呼ばれるほどに激しさを増している。


ついには市民が武装して自警団をつくる町も。
凶悪な暴力が日常となっている中で、ジャーナリストも危険にさらされているんです。
実際、アナベルさんも命を狙われている。彼女の命にはスゴイ値段がついているという。


彼女はいったいなぜ、誰に命を狙われているのか?


"きっかけは父親の死だった"


アナベルは主に政治を担当する新聞記者だった。
もちろん命を狙われるようなことはない、ごく普通の記者。
そんな彼女の運命を変える出来事が起きた。


それは2000年、12月5日の朝のことだった。
突然母親から電話が。彼女の父親が昨夜から帰らないというのだ。
それまで無断で外泊したことがない父。


アナベルは家族と共に、父の行方を必死に探した。
すると翌日「父親の車が発見された」との連絡が。行ってみると...
車内には、片方の靴だけが残されており、トランクの中は...一面真っ赤に染まっていた。


結局、その数日後、父親は遺体となって発見された。
当時メキシコでは、ビジネスマンを狙った身代金目的の誘拐事件が頻発しており、
アナベルの父もその事件に巻き込まれてしまったのだ。


その後犯人は一向に逮捕されず。
アナベルは母と警察に出向いて捜査の状況を問いただした。しかし...
警察署長からは、被害者は亡くなっているから捜査の必要はないという答えが返ってきた。


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さらに信じられない事に、お金を払わないと引き続き捜査は行わないという。
メキシコでは警察や政治家が金銭を要求することはよくある話。
アナベルはこのことがきっかけで、警察や政治そんなメキシコ社会の腐敗を
見過ごしてはいけないと強く思った。


しかしその決意は、彼女を危険な取材へと突き動かし、のちに命を狙われることになる。


"メキシコの様々な闇に切り込む!"


その頃彼女は「メキシコ社会の改革」を訴え、清廉な政治家として人気を集めていた
フォックス大統領の番記者をしていた。


そしてあるとき大きなネタをつかんだ。
改革をうたっていた大統領が実はその裏で地位を利用し巨額な費用を
流用しているのではないかという疑惑だった。


直接大統領に問いただしてもはぐらかされる。
大統領本人がダメならと、関係者や政府高官に取材した。
そしてついに執念の取材で大統領の公金使い込みの証拠をつかみ、記事を書きあげた。


しかし、新聞社は大統領府の意向を気にして記事を取り上げなかった。
父が殺されても警察はあまり動かず、大統領の不正を突き止めても新聞社はそれを報じない。
彼女は落胆と怒りで新聞社を退職。


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書き上げた記事を出版社に持ち込み、本にして大統領の不正を発表。
2002年、この報道で彼女はメキシコ・ジャーナリズム賞を受賞した。


すると、ある人権保護団体から子どもの人身売買について記事を書いてほしいとの依頼が。
貧困層の多いメキシコでは、多くの子ども達が売春目的や麻薬栽培の労働力として
売買されているという悲しい現実があった。


そして、その人身売買はある組織が支配しており資金源のひとつとなっていた。
その組織とは...『麻薬カルテル』だった。


年間2兆円とも言われる麻薬ビジネスの利権を握り、豊富な資金力を得た
メキシコの麻薬カルテルは軍隊さながらの武装を整え、大きな力を持っていた。


メキシコに住む人々は、麻薬カルテルについて聞いてもなぜか一様に口が重い。
メキシコで麻薬カルテルの問題に触れる事は...命の危険を伴う事なのだ。


こんな例がある。今年1月。メキシコ南部テミスコ市で「麻薬取引や凶悪犯罪の撲滅」を
掲げて選挙に圧勝、市長に就任した女性ギセラ・モタ氏。
しかしなんと、就任式の翌日に武装した集団に自宅を襲撃され殺された。


さらに今年2月。メキシコ・ベラクルス州オリサバの町。
地元新聞社で働く女性記者がいた。打ち合わせを終えると、いつも急いで帰宅する。
なぜなら記者と子育ての両立を目指していたから。


そんな彼女の身に異変が起きたのは今年2月8日、深夜のことだった。
突然ドアをノックする音が。同居するおばがドアを開けると突如、軍服を着こんだ男たちが。


男たちは身分も明かさぬまま逮捕状が出ているからと言い、女性記者を連れ去った。
おばが調べてみると彼女に逮捕状が出ていた事実はなかったという。


そして翌2月9日。隣の州の道路わきで変わり果てた女性記者が見つかった。
事件記者として活躍していた彼女は取材の中で麻薬カルテルがらみの事件を
追うこともあった。


さらに地元麻薬カルテルの幹部が逮捕された時、偶然その場に居合わせたことがあり、
居場所を知らせた...と恨みを買ったのかもしれない。
いずれにせよ地元の麻薬カルテルの関与が濃厚。発生から半年たっても殺害事件の真相ははっきりしないままだった。


"麻薬カルテルと女性記者との闘い"


2007年の「麻薬戦争」がはじまって以来、メキシコでは10万人以上の死者が
出ているという。


その中には組織に不利な情報を流した、政府や対立組織のスパイと疑われたことで、
殺された多くの一般の市民も含まれているという。
事実がどうかではなく、そう疑われた時点で命の危機。それがカルテルの恐怖。


かつて麻薬カルテルのメンバーだったという人物によると、
敵の組織との撃ちあいなんて当たり前。自分たちの島で邪魔な動きをするやつがいれば
それが警察でも...他の誰でも始末したという。


麻薬カルテルのそんな恐ろしさが、身に染みているのにも関わらずアナベルは、
メキシコの子どもたちの為にも今、誰かが声を上げなくてはならない。
麻薬カルテルによる恐怖支配から、メキシコが解放されなくてはならないと心に決め
自分の命をかけての麻薬カルテルの取材が始まった。


取材を始めるとすぐ...誰かに見張られている。そう感じ始めた。
さらに電話で聞き覚えのない声の人物から取材をやめるよう脅された。
しかし彼女は取材をやめなかった。


命がけの取材を続け、カルテルの人間、警察関係者100人以上に話を聞き、
麻薬カルテルは警察や政治家にも深く食い込んでいる事を確証する証拠が集まってきた。


やがてアナベルの噂はかなり広まっているのか、情報の売り込みもあった。
そんな中で麻薬カルテルが作った繋がりのある政府や公安関係者のリストを手に入れた。


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その中には麻薬カルテルとの徹底的な戦いを宣言していた政府高官の名前が。
表では綺麗ごとを語りながらもその多くがカルテルの息がかかった人物だったのだ。
政府とカルテルは持ちつ持たれつの関係...それがメキシコ社会の深い闇。


"狙われる命。それは周囲の人間も"


そんな中アナベルの妹が狙われた。この時は脅しだけで済んだが...
彼女の情報源となっていた男性が殺害されたのだ。
マフィアが、彼女の命を本気で狙い始める。


メキシコ社会の闇の真実に辿りついたものの、命の危険が現実のものとなってきた
アナベルだったが、2010年にこれまでの取材を元に一冊の本を出版した。


「Los Señores del Narco」(麻薬密売人たち)
麻薬カルテル撲滅を訴える政権が、実はカルテルと深くつながり癒着している実態、
まさにメキシコ社会の闇を告発するモノだった。


すぐに英語版も出され、ベストセラーに。
麻薬戦争の救いがたい実態は世界中に衝撃を与えた。


すると出版直後、アナベルは情報提供者の1人から、信じられない事を聞かされた。
それは警察が自分を事故を装って殺そうとしているという情報。
しかもその計画を立てたのは警察長官だった。


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彼女の著書で名指しの批判を受けた警察長官。
国の警察のトップが、アナベル抹殺を指令したという。


マフィアばかりか警察にまで命を狙われることになったアナベル。
ついに彼女はメキシコを脱出した。
彼女は今、アメリカ・カリフォルニアを拠点に活動している。


その判断でアナベルは現在も生きて取材を続けているが、
メキシコでは2007年以降100人以上もジャーナリストが殺害されている。


麻薬カルテルの気に入らない記事を書いたりした事が原因だといわれるが、
アナベルによれば政府も黙認しており警察がまともに捜査もしないケースも多いという。


アナベルはそれでも私は声を上げるのをやめるつもりはない。
沈黙して生きる事は私にとって死ぬことより辛いことだという。


彼女は今も、麻薬カルテルの取材を続けている。
しかし今後も命が狙われている事に変わりはない。

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