放送内容

2019年3月19日 ON AIR

日本中を震撼させた脱獄犯

去年、警察が血眼になって探した男...脱獄犯・平尾龍磨。
愛媛県の刑務所で服役中だった男は...半年後には仮釈放となる可能性が高かった。
たった半年で自由の身になれたのに、一体なぜ?


2018年4月8日。愛媛県今治市の刑務所。
平尾龍磨、27歳...この男の気持ちは固まっていた。
置き手紙を残すと、誰もいない事を確認して窓から脱獄した。


全速力で遠ざかった。
刑務所を抜け出ると自転車を盗み、民家に忍び込み金と車を盗んだ。
刑務所から45kmも離れた瀬戸内海、向島へ。


これが23日間にも及ぶ逃亡劇の始まりだった。


模範囚が入所できる大井造船作業場とは


平尾は、窃盗の常習犯だった。
福岡県で生まれた男は、中学に入ると素行が悪くなり、万引きや窃盗を繰り返した。


高校は中退した。
その後一度は就職したものの、長続きせず生活費と遊ぶ金ほしさにまた盗みをやっていた。
そして...理髪店の金を盗んでいたところを見つかり逮捕された。


その時、なんと121件もの窃盗行為が発覚。
当初は執行猶予がついたが、再び窃盗で捕まり、懲役5年6か月の実刑判決。


そんな平尾の刑務所生活は真面目で模範囚。そして...夢のような話が舞い込んでくる。
それは愛媛にある大井造船作業場という場所への入所だった。


松山刑務所が管理している施設で、民間の造船会社の敷地内にある特殊な刑務所。
受刑者が、造船工場で一般の作業員と共に働き、生活することで
社会への適応能力を養う目的の施設。


しかも、そこに行くと仮釈放が早くなるという。
入所しているのは20人ほどで、優秀な模範囚でなければならない。


しかもIQは80以上、重労働に耐えられる身体能力も条件にある。
平尾はその全てに合致した。


こうして、2017年12月4日。平尾は大井造船作業場へ入所した。
大井造船作業場は、驚くほど開放的だった。
受刑者が暮らすのは、造船所内の友愛寮という施設。


近くには民家があり、そして簡単に乗り越えられそうなフェンス。
塀のない刑務所と呼ばれていた。


一方で、過去に16件の脱獄事件が発生しているが、この刑務所を評価する声も多い。
その理由は再入率。ここを出所した受刑者が再び罪を犯し刑務所に入る割合は約10%。
一般的な刑務所の約43%と比べるとかなり低い。


この作業場ではひと部屋に4人。
さらに鉄格子はなく、ドアも鍵をかけない。
通常の刑務所は受刑者の行動を大きく制限しているが、ここは自由に部屋を出入りできる。


昼間は敷地内の工場で働く。作業は、先輩受刑者から教わった。
外に出てボランティア活動をすることもあった。
掃除だけでなく運動会や餅つき大会、盆踊りの手伝いまで。


とはいえ、全てが自由というわけではない。飲酒や喫煙、常識を欠く行為は当然禁止。
さらに...脅し取るような事を防ぐため受刑者同士の物のやりとりは禁止されていた。
規律違反者は原則、松山刑務所へ送還される。


これまでいた刑務所とは比べ物にならないほどの破格の待遇。
平尾はこの生活に、満足していた。


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しかしその後、平尾はわずか4か月で脱獄したのだ。


脱獄の理由となった造船作業場のある「秘密」


車を盗んだ平尾は大井造船作業場から45km離れた向島まで必死に逃げた。
警察は車が乗り捨てられていたことから、平尾が向島に潜伏している事を特定。


すぐに島から出る道路は全て封鎖しフェリー乗り場にも検問所を設置。
島は前代未聞の大騒動になった。


平尾は向島の空き家で本格的に潜伏の準備を始めた。
幸運にも食料や布団、テレビもあった。
実はここは、別荘として使われていた場所だった。


警察は平尾の捜索に手を焼いていた。
なぜなら島には1000軒以上の空き家があったから。
捜索には、1軒1軒、家主に許可を取る必要があったのだ。


平尾は家にあった食料を食べ、警戒しながらトイレで用を足し、
タオルで頭を拭いて生活していた。


男には「出頭」という選択肢はなかった。
その理由は...テレビで見た刑務所側の会見。


所長「大井造船作業場は大きなトラブル等はなかったと聞いております。」


平尾はこの会見の裏に隠れた「ウソ」を見抜いていた。
なんで「自治会」のこと言わないのか...そう思っていたという。
いったい「自治会」とは何なのか?


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大井造船作業場は、ある驚きの制度を導入していた。
それが...自治会。


「自ら気づき、考え、行動する」。そんな自立心を養うため、受刑者だけで構成された組織。
刑務官に指名された自治会長、副会長、それに自治委員の計11人が月間目標や館内の催し物などを決める。


そして、刑務所は彼らに一定の権限も与えていた。それは、他の受刑者への指導。
下期生と呼ばれる一般受刑者の生活指導を行うのだが、そのやり方に問題があった。


些細なことでも...ペナルティーとして体罰は当たり前。
そんな過激な指導はエスカレートしていった。


原則として、一度委員になった者は釈放まで務める決まり。
自治委員になるかならないかで、ここでの暮らしは大きく変わる。


のちの平尾の証言によると、委員の中には権力をタテに...不正に食べ物を受け取ったり
来客用のコーヒーを勝手に飲むなどの規律違反をしていた。


自分も自治委員になりたい。平尾がそう考えたのは自然な流れだった。
そのためにはとにかく真面目に働くしかない。
そして念願だった自治委員になったのだ。


地位を奪われ、つらい仕打ちを受ける毎日


指導"される側"から"する側"へ...。
そんな時だった。平尾が脱走するきっかけとなる出来事が。


委員にもなり、仮釈放も近い。
そんな浮ついた気持ちからか平尾はある規律違反をしてしまう。


社員だけが着用する白いヘルメットを使ったイタズラ。
本来は、受刑者が着用することなど許されない。
しかし、後輩を驚かそうという軽い気持ちから、その白いヘルメットをかぶってしまったのだ。


それが刑務官にバレた!
その場は、刑務官からの叱責だけで済んだが、1か月後、事件が起こる。


松山への送還は免れたが、自治委員から降ろされることになった平尾。
すると...受刑者が、しかも自治委員が規律違反したということで、自治会長は激怒。
見せしめのように、全員の前で叱責された。


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委員を外れるということは...過激な指導を受けるという事。
しかも再び委員に指名されることはおそらくもうない。


仮釈放までたった半年...しかしそれがたまらなく長く感じる。
つらい仕打ちと、同時に怒りも込み上げる。他の委員だって規律違反をしている。
なぜ自分だけ...そして委員解任からわずか3日後、


平尾は脱獄を決めたのだ!!
置き手紙を残して...。
40分後。異変に気づいた刑務官は、館内を捜索、置き手紙を発見するとすぐに通報した。


怒りを力に逃げ続けた23日間


そして脱獄から2週間。
刑務所への怒りをパワーにして、平尾は隠れ続けた。
一方で、自分のせいで皆が迷惑している。そんな思いもあったという。


食料も尽きてきた。平尾は島から出ようと決めた。
しかし、依然として道路やフェリー乗り場には警察が。


そしてたった一つの方法にかけた。
4月24日深夜。金と洋服を袋に入れ、テープで体に縛りつけると
平尾が向かったのは海だった!


実は、向島から本州までは最短200m...泳げない距離ではない。
この時、水温は14度。かなり冷たいが捕まるよりはマシだと...意を決して飛び込んだ!


平尾は対岸の尾道でまたしても家の屋根裏に潜伏。
しかも今度は空き家ではなく、人が住んでいる家だった。


その住人はほとんど家にいなく、帰ってくるのはたいてい朝方。
仮眠や入浴を済ませると、すぐに外出していく。


その行動パターンを屋根裏から把握し、服を勝手に着て大胆にも街へ。
自動販売機で飲み物を買ったり...腹が減るとコンビニにも行った。


このころ平尾は思っていた...もう捕まらないんじゃないかと。
やがて、住人が風呂に入っている間に財布から金と保険証を抜き取った。


なぜか謝罪の手紙を残し...慎重に家を出た。
そしてバイクを盗み、今度は電車で広島駅へ。


逃げ切れる自信があったのか、しばらく風呂に入っていないと感じた平尾は
シャワーを浴びようと考え、インターネットカフェへ。
警察はまだ自分が向島にいると思っているはず。


しかし...連日報道されていた平尾の逃亡劇。
インターネットカフェの女性店員は、ニュースをにぎわす男の顔を覚えていた。


そして...脱獄から23日目。ついに逮捕された。
捕まった平尾は「人間関係に疲れた」と語った。


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後の裁判では逃走、窃盗、住居侵入などの罪に問われ4年の実刑が確定。
そして、平尾が脱獄を図ったあの刑務所は...自治会制度を廃止した。

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