1972年、ミュンヘン
男子バレーチームを、初の金メダルに導いた松平監督には、
選手への強い信頼があった。
松平康隆が見た夢
目指すはミュンヘンオリンピックでの金メダル。
松平監督は、悲願達成のために
チームの柱であり、最年長の南将之を徹底的にしごいた。
敢えてベテランの南に厳しい練習を課したのには、
ある理由があった。
南がチームの先頭に立ち、厳しい練習を実践することで
若手選手は奮起。
だが、日に日に厳しくなる練習に、耐えきれなくなった南は
ある日突然弱音を吐き、練習を抜け出した。
その夜、松平は南の説得に当たった。
松平の熱心な説得に心を動かされコートに戻ってきた南は、
金メダルを目指し、再び練習に明け暮れた。
迎えたミュンヘンオリンピック。
日本は南の活躍もあり、悲願の金メダルを獲得。
松平の南への信頼が、栄光への道を切り開いた。

