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日テレ RECRUIT

SPECIAL TALK 報道局座談会 報道局の4人の記者・デスクが語る

TALK LIST

日本テレビの一角に、柱や仕切りのない巨大なフロアがある。
国内はもちろん、世界中からもさまざまな情報が集まってくる報道局だ。
ここでは24時間×365日、報道のプロフェッショナルたちが何を伝えるべきか議論しあっている。
第一線で活躍する4人の報道局員に仕事のやりがいや、就職活動について振り返ってもらいました。

MEMBER

  • 司法クラブ・サブキャップ

    Wataru Yamazawa

    2005年入社/法学部卒

    これまで、神奈川県警や警視庁捜査一課といった事件クラブを主に担当。『真相報道バンキシャ!』でディレクターを務め、現在は司法クラブサブキャップ。

  • ニュースセンター『NEWS ZERO』デスク

    Kuniyo Ohashi

    1997年入社/法学部卒

    これまで社会部警視庁サブキャップや、『NNNニュースプラス1』『真相報道バンキシャ!』などの番組ディレクターを担当。『news every.』立ち上げデスク。現在は『NEWS ZERO』のデスクを務める。

  • 社会部 機動班キャップ

    Shinichiro Ochi

    1998年入社/経営学部 経営学科卒

    機動班キャップ。警視庁捜査一課担当や調査報道班などで記者活動。その後、『真相報道バンキシャ!』『NEWS ZERO』でディレクターやデスクを担当。

  • 国際部

    Misa Kamezaki

    2009年入社/文学部 地球市民学科卒

    これまで政治部総理番記者、『news every.』ディレクターなどを担当し、現在は海外ニュース全般を扱う国際部記者を務める。

01

活字ではなく、映像で報道するという仕事

亀﨑

きょうはみなさんに日テレ報道局の仕事について紹介したり、就職活動について振り返っていただきたいのですが、そもそもみなさんは、なぜ報道の仕事に就こうと思ったのですか?では、大橋先輩からお願いします。

大橋

私は中学生のときに読んだ本がきっかけかな。主人公の女の子が新聞記者になって、世界中を飛び回る姿に憧れて。当時の卒業文集にも新聞記者になりたいって書いていたくらい。記者の仕事はいろんなところへ行ける仕事なんだなって想像してた。

越智

僕は大学3年生で就職を考えたときに、テレビの仕事ってきっと飽きないな、毎日刺激的なんだろうなと思ったのがきっかけですね。あと、人に影響を与えられるような仕事がしたいなとずっと思っていて。自分自身、映像で心を動かされた体験も多かったし、新聞かテレビかでいうと、僕は映像が好きだったのでテレビの記者を選びました。

亀﨑

私も活字より映像にひかれていたので、新聞という選択肢はありませんでした。活字には活字の魅力がありますが、映像の力って活字では表現できないことを伝えられると私は思うんです。インタビューひとつにしても、本人の顔と声で伝えたいじゃないですか。だからテレビの世界で働きたいと考えていました。

山沢

報道メディアは色々あるけれど、テレビは、映像と音声で伝えるからこその影響力も大きいと思います。でも警視庁クラブで日々仕事をしていると逆に、その一瞬の映像を逃したら負け、という大変な部分もあったりします。例えば、ガサ(家宅捜索)の映像とかは、まず何時にどこで行われるのかっていう事前に情報がないと撮影にいけないですし、映像がないということは情報がなかったということになりますからね。

越智

確かに、テレビの報道で映像がないと話にならないことは、強みでもあり、同時に弱みでもあるよね。例えば、カメラなしだと取材に答えてくれていた人が、カメラ撮影を始めたとたんに「カメラを向けるのなら話さない」と拒否されてしまったり。テレビならではの強みもあるけど、取材のハードルは高くなるよね。では、なぜテレビ局の中で日テレを選んだの?

大橋

私は、就活でいろんな会社の先輩をOG訪問したのだけれど、その中でも日テレの先輩が、仕事についてとてもアツく、楽しそうに語っていて、魅力的な人が多かったから。どのテレビ局の先輩も忙しそうではあるのだけれど、忙しい中でも日テレの人が一番仕事を楽しんでいる感じがした。それで「いいな、この会社!」って思って。

亀﨑

私が日テレに決めたのは、面接を受けている過程で出会った社員の人たちの雰囲気が良かったことですね。特に女性ですごく素敵な方がいて「こんな輝いている女性が働いている職場で、私も働いてみたい」って思ったのが決め手でした。

02

報道の最前線で感じていること

越智

報道の仕事のやりがいにも関連するんだけど、取材をしていると、悲しみや怒り、喜びで、自分自身も日々一喜一憂してしまうことってあるよね。災害現場で取材をしながら涙を流すこともあるし、なんでこんな事件が起きてしまうんだと怒ることもある。こんなに仕事で一喜一憂するのって報道ならではなんじゃないかな。

亀﨑

報道の仕事ってオリンピックの取材から、災害現場の取材まで幅が広いですよね。どんな取材でも相手の気持ちを思いやるというのは大切なことですよね。

越智

特に、3.11の被災地の取材は印象に残っている。じっと海を見つめている子どもの姿は、シーンとして自分の中に焼き付いている。被災地で出会った人とのひとつひとつの会話が今でも鮮明に思い出されるんだよ。3.11の取材を経験して、被災地の人々の言葉を聞いて、それを国民に伝えるということが報道の使命だと改めて感じた取材だった。

大橋

そうした思いで取材したニュースが、視聴者のみなさんに伝わっていると思えたときが、本当に嬉しいよね。視聴率はもちろん、フェイスブックやメールで反響があると、私たちが送り出した思いがきちんと伝わったんだなと思えて、それまでの苦労も報われるからね。たとえば、社会部の企画で、がんと闘っている女性たちを取材してOAした後、番組を観た方からや、取材された彼女たちからも、応援・共感のコメントを貰えたのは特にうれしかった。「私も同じ病気ですが励まされました」、「彼女のように強く生きようと思いました」っていうコメントがあって。「あっ、伝えようとしたことを受けとってもらえている」、「伝えようとしたことに意味があった」と思えた時だったね。

亀﨑

私は入社2年目のときに任された総理番(総理大臣担当記者)の経験がとても大きいです。菅総理の時代で、日テレで総理番は私だけ。責任も大きかったし、東日本大震災が起きた年だったこともあり、いつも気が張っていました。でも、そんな大きな仕事を若いうちからやらせてもらえるのも日テレの良いところかもしれませんね。ただ、いつどの瞬間に大きなニュースが飛び込んでくるか分からないから、気軽に映画にも行けないし、友だちと約束していても、会った瞬間に「ごめん。私、行かなきゃいけない」とか。報道という仕事の厳しさを学んだ1年でした。

大橋

記者は、いつ電話が掛かってきて呼び出されるかわからない仕事だもんね。私たちは仕事柄、携帯のメールや着信には即反応するでしょ。それが染みついているから、友だちにも同じ行動を求めている自分がいて、プライベートでも即レスがないと心配になっちゃう(笑)。

亀﨑

そうした忙しい毎日でも、普通なら行けないところに行けるのも、この仕事の魅力ですよね。報道局には山岳取材班や水中取材班があります。私は水中班のディレクターとして「尖閣諸島の海」をカメラマンたちと一緒に取材し、民放として初めて水中映像の撮影に成功しました。日本中が注目している現場を、自分の目で見られるのはすごいことだと思います。撮影してみると、尖閣の海はとてもきれいで、魚たちも美しくて。このきれいな海を見せて、いま考えなければならない問題について、世の中に問いかけられたことに意味があると思いました。責任も感じるけれど、とてもやりがいのある仕事ですよね。

越智

一方で、報道は速報性という面も重要なファクターだから他社との情報に関する競争っていうのもあるよね。そこは警視庁担当が特にし烈だと思うけど山沢どうかな?

山沢

はい。僕は警視庁捜査一課・三課という殺人や強盗などの凶悪犯の取材を担当しているので、世の中で一番早く凶悪犯逮捕の情報などを伝えたいと思っています。そのために、毎日警察や関係者に対して、朝まわり、夜まわり(取材対象者の出勤前や帰宅時の取材)をしているのですが、全く情報をもらえない時期が続くとつらいですね。冬は寒いし、夏は暑いですし。それでも、取材を続けた結果「これは特ダネだ!日テレ独自だ!」という情報が取れたときはやはり嬉しいです。自分の取材によって、初めてニュース速報を出せた時のことは今でも覚えています。

大橋

わかるわかる。一朝一夕では大きな情報って取れないものなんだよね。どんな取材もそうだけど、自分自身もいっぱい勉強して、相手に思いを伝えないといい取材って出来ない。特ダネって、努力を積み重ねた結果、得られるものだよね。

山沢

そう思います。だからその反面、他社に情報を抜かれたときはめちゃくちゃつらいですよね。朝ニュース、昼ニュース、夕方、夜と他社のテレビや新聞を常に見ていて、自分の担当する事件の新情報が報道されていた時はつらい。日々、常に抜きつ抜かれつ、の繰り返し。そういった意味では、とても厳しい世界です。やはり、どこよりも早く最新のニュースを視聴者に伝える、というのは我々の使命でもあるので、その結果として抜いた、抜かれたというものも結果として重要な点になる。

越智

抜かれたと時の悔しさと、抜いた時の嬉しさは、記者なら誰しもが感じるものだよね。でもテレビって、記者一人だけじゃなく、カメラマンさん、音声さんとか、チームで取材しているケースが多いから、みんなで喜びや悔しさを共有できるのはありがたいよね。みんなで苦労して取材したものがオンエアされたときは、チームとしての喜びも格別だし。

亀﨑

たしかに、テレビはチーム力って大切だと私も思います。「映像」と「音声」と「原稿」が揃って初めてテレビニュースですからね。

越智

あと、日テレの報道局には「日本を少しでもよくするために仕事をするんだ」って本気で言っている人がたくさんいて、すごく誇りに感じている。何のためにニュースを伝えるのか。この想いを報道局の仲間が共有しているのは素敵なことだと思う。みんな同じ目的をもって働いている。

亀﨑

その同じ目的のもとに、後輩が先輩に対して「これは違うと思います」とか「こうしたらもっとよいと思います」とか、遠慮せずに意見を言える文化も日テレ報道局の良いところですよね。

03

仕事をする上でのこだわり

越智

僕のこだわりは、今自分がやっているひとつの仕事が、いつか、誰かに影響を与えるんだと意識し続けること。誰かに影響を与えたいと思ってこの仕事に就くことを選んだので、やはり一人でも二人でも多くの人に影響を与えられればと思って仕事に取り組んでいます。その思いがある限り、仕事に手を抜くことがなくなるから、この思いを一生持ち続けたいです。

大橋

すごく基本的なことだけど、目の前の仕事に一生懸命取り組むこと。いつでも自分の希望する部署に配属されたり、やりたい仕事ばかり出来るわけじゃないでしょう。けれど、どんな仕事でも一生懸命取り組んでいれば、必ず何かしらおもしろいことや、やりたいことが見つかる。そう考えれば前向きに頑張れるし、実際うまくいく。

山沢

僕は、先輩に言われて自分も本当にそうだな、って思ったことがあるんですけど、それは取材対象を「人」としてとにかく大切にすること。単なるネタ元、情報源として見るのではなく、人間として大切につきあっていけば、かならず良い関係が作れるし、発展していく。意外なところで助けて貰えたりもする。

亀﨑

私は、視聴者の目線を常に意識するようにしています。報道の現場で経験を積んでいくと、自分たちの感覚ばかりが研ぎ澄まされていき、視聴者の感覚と離れていくんじゃないかと不安になるんです。この時間帯は誰が見ているのか? わかりやすく伝えられているか? そんなふうに、いつも自問するようにしています。

越智

すごく大事なことだよね。報道する僕たちが一段高いところにいると、勘違いしてはいけない。

亀﨑

そういえば、社内でも「報道の人って、みんな堅くて、真面目そう」って思われてるみたいですよね。

越智

全然そんなことないのにね(笑)。朝まで飲むこともよくあるし、バラエティ番組が大好きな人もいる。学生のみなさんももしかしたら「報道の仕事はハードルが高くて自分には無理」と思っている人が多いかもしれなですけど、実際にはそんなことはまったくなくて、好奇心や知りたいという強い気持ちがあればそれでいいと思う。

山沢

学生時代に「勉強ばかりしていました」っていう方がむしろマイノリティーなんじゃないですかね(笑)。政治学科の人が政治部に行くわけでもなし、経済学科の人が経済部に行くわけでもない。

大橋

いろんなところに取材に行って、普通の人よりも何倍も濃い生活を送るので、体力とタフな精神力も必要でしょう。好奇心と、その2つの力があれば、大抵のことは乗りこえられるはず。

亀﨑

そうした力を身につけるためには、学生時代は勉強でもスポーツでもアルバイトでもいいから、何かに真剣に取り組むことだと思います。自分が一生懸命やったのはこれだと誇れるものがあれば、それが人間の芯となりますからね。

山沢

学生時代は、学生らしいことをやればいいと思います。そして、何に対してもまじめに一生懸命取り組む人とぼくは一緒に仕事がしたいですね。

04

私の「見たい、が世界を変えていく。」

大橋

私は実は、これまで一度もオリンピックを取材していないので、一度はこの目で「見たい」ですね。日本中が一つになって歓喜する瞬間を生で見たい。その夢が、2020年の東京オリンピックでかなうかもしれない。

越智

宇宙空間や深海からの記者リポートなど、報道の領域ではまだ誰も実現していないことを、日テレがやっているところを見てみたい。その中継を、昔の街頭テレビのように、たくさんの人がリアルタイムで注目している。そんな光景をぜひ「見たい」です。

山沢

警視庁担当として、世田谷一家殺人事件など、未解決事件の解決が「見たい」です。ご遺族をはじめ、色々な人の思いが何年も積み重なっている事件だからこそ、それが動く瞬間に立ち会いたい。もちろん視聴者としてではなく、現場を取材する記者としてその事件を伝えたいです。

亀﨑

私は会社に入るまで、オリンピック出場を目指して20年間水泳をしてきました。でも、その夢はかなえられませんでした。形は違えどこの仕事に就いたおかげで、オリンピックの舞台に立つことができるかもしれません。それはある意味、自分の夢がかなう瞬間だと思っています。日本人が水泳で金メダルを取る瞬間を、記者としてぜひこの目で「見たい」ですね。