いじめ――
履修問題――
教師による不祥事――

様々な問題を抱える日本の教育現場
それらとは無関係の学校が静岡県の伊豆・修善寺にある――

それは『日本競輪学校』

そこには
良き競争相手がいる
良き教官がいる
良き教育環境がある

そして、何よりも大きな“志”がある

みな将来のプロ競輪選手を目指して切磋琢磨する
己の身体を鍛え上げることだけに集中する
一日15時間以上の厳しい訓練
そこで一年間の修行をこなしたものだけがプロになれるのだ

身体ひとつで平均年収1300万円
トップクラスで億を稼ぎ出す

そんなスターを目指す若者たちが
日本中から『競輪学校』に集まってくる
しかし
それは東大に入るよりも難しいと言われる“狭き門”

夢のため、家族のため、自分自身の挑戦のため…
若者が日本中から狭き門をくぐりにやってくる
自ら進んで厳しさに身を置く若者たち

『競輪学校』には今の若者にはない真実の姿がある

毎日15時間以上の訓練

プロになるためには一年間、ここで朝6時半の起床から夜10時の消灯まで
競輪に必要な知力・体力を身に付けなければならない。その一日の走行距離は100km以上。
敷地面積5万坪という競輪学校内の移動はすべて歩きか自転車を使わなければならない。

世間では計り知れない、その激しい訓練に密着する。

新入学制度

今年から入学制度が改定され、年2回(5月、11月)新入生を迎えることとなった。
また、18歳以上で高卒の資格を有するものであれば誰でも受験できるようになった。

そのため現在、競輪学校には11月に入学した71名の93期生と
5月に入学したばかりの78名の94期生がいる。
生徒たちの入学志望もまた様々だ。

☆難病と闘い続ける父を越えろ…父子鷹

生徒の中には家族が競輪選手というケースが多い。
93期生の近藤良太生徒も例外ではない。父親は現役のS級レーサー、近藤幸徳。今でこそS級2班に所属するが、かつては中野浩一と何度も名勝負を演じたトップレーサーだった。

その父は13年前に原因不明の難病を患ってしまう。1年間の闘病生活を強いられて、ランクも下がってしまった。しかし父は難病を乗り越えてレースに復帰した。

今も通院をしながらも競輪選手として活躍する父の背中を見て、息子は父と同じ道に進むことを決意した。

『目標の選手は父です』と語る息子・・・父子の絆に密着する。

☆金メダリストの第二の人生

93期生にはオリンピック・スピードスケートで頂点を極めた者がいる。

西谷岳文生徒。彼は1998年長野五輪のショートトラック金メダリスト。冬季オリンピックでは日本史上、最年少の金メダリストとなった。しかしその後は活躍することなくスケートを引退。その西谷が選んだのが競輪だった。

スケートで世界の頂点に立った男が、競輪でもトップに立つことができるのか?

地獄の寮生活

入学した者は競輪学校内の寮に入らなければならない。例え既婚者であろうと例外は認められない。
坊主頭になり寮で集団生活を強いられることになる。

その一日のスケジュールは超ハードだ。

6:30 起床
6:45 点呼
6:50〜7:10 体操・乾布摩擦
7:10〜7:40 清掃>
7:40〜8:10 朝食
9:00〜11:30 1限〜3限(訓練)
11:30〜12:30 昼食
12:40〜14:15 4限〜5限(学科)
14:25〜17:00 6限〜8限(訓練)
17:30〜19:10 入浴
17:45〜18:45 夕食
19:15〜19:45 自習
19:50 点呼
20:00〜22:00 自由時間(自主練)
22:00 消灯

分単位で決められている生徒の生活。それはまさに想像を絶する厳しさ。
競輪は雨の日でも決行されるため、外での訓練は雨が降っても実施される。
少しでもたるんだら教官から竹刀を食らったり正座させられるなど、非常に厳しい。
飲酒・喫煙は禁止されており、携帯電話などの通信機器の持ち込みも禁止されている。
電話を取次ぎできる時間は20時〜20時55分だけとなっている。
日曜日のみ外出が許されているが、17時30分までには帰ってこなければならない。
少しでも遅れれば、それはペナルティを課せられることになる。
中には生活の厳しさと訓練の厳しさに挫折して、志半ばに競輪学校を去って行く者も少なくないという。
また、今年から生徒が二期制になった。同時期にこれまでの倍の生徒で学ぶこととなった。
それは競争が激化したことを意味する。先輩となり後輩となり、同志であり敵でもある。
その厳しい毎日の中で仲間と助け合い、時にはライバルとなって競い合う。
お互いを切磋琢磨して成長させていく。

そうして競争社会を生き残ったものだけが一人前の競輪選手になることができるのだ。