1960年代、福岡県北九州市小倉。ボク(谷端奏人)がまだ3歳だったころ、オカン(内田也哉子)は遊び人のオトン(小林薫)を捨てた。酔っては暴れるオトンの家を出て、オカンとボクは筑豊にあるオカンの実家に戻った。筑豊は炭坑の町で、オカンはそこで妹の小料理屋を手伝いながらボクを女手ひとつで育てあげ、毎日美味しいご飯を作ってくれた。ボクはそのご飯を食べ、炭坑の町に住むほかの子どもたちと同じように成長していった。
1970年代に入り炭坑の町に影が差して来たころ、15歳になったボクはこの町を出て行きたくなった。もちろん、オカンを自由にさせてあげたいという思いもあったため、ボクは大分県の美術高校を受験して、合格した。大分では一人下宿生活を送ることになる。町を離れる日、駅までボクを見送りにきてくれたオカンはお弁当と新しい下着、そしてシワシワになった一万円札を持たせてくれた。15歳のボクは、列車の中でオカンのお弁当を食べながら、涙を流した。しかし、一人暮らしを始めた高校生のボク(冨浦智嗣)はすぐに自堕落な生活を送るようになる。
1980年代、石炭鉱業の終焉の訪れとともにボクは上京し、憧れの東京で美大に入学する。しかし、堕落的な生活はさらにひどさを増し、学校へはろくに行かずダラダラと日々を過ごすうちに4年が経ってしまった。オカンからの仕送りはすべて使いはたし、さらに借金まで重ね、どうしようもない状態に陥っていた。もちろん、授業の出席日数は足りていないため卒業はできない。そこで、苦労して学費を捻出してくれた母に「卒業できない」という親不幸な告白をする。しかし、オカンはそんなボクを叱責するでも、悲しさに泣くわけでもなく、
「あと一年、オカンもがんばるけん。あんたも卒業までしっかり学校へ行きなさい」
と、力強く電話の向こうでこう口にした。
ボクはオカンに甘えて留年させてもらい、翌年なんとか大学を卒業した。しかし、相変わらず就職する気もおきずブラブラしていた。
1990年代、たまった借金を返済するため、自分の元へやってくる仕事をすべて引き受けているうちに、ボクはいつの間にかイラストレーター兼コラムニストとしてある程度の生活ができるようになっていた。
そんな矢先、オカンが癌に侵されていることが分かった――。



TVドラマや舞台にもなり、一大旋風を巻き起こしたリリー・フランキー原作の自伝的小説、『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』の映画版がついにテレビ初放送!
期待の眼差しをあびながら映画化に至ったこの作品だが、そんな日本中の原作ファンの期待を裏切ることのない、錚々たる面々が集結した。まず、物語の語り手となるごくごく普通の主人公“ボク”には、国内外で飛躍的な活躍をみせ、役者としての勢いに乗るオダギリジョー。そして、本作の真の主役ともいえる“オカン”役には独特の存在感あふれる名優・樹木希林、さらに若き日の“オカン”を樹木希林の実の娘である内田也哉子が演じ、本物の親子共演が実現。これにより、物語に新たな温もりと説得力がプラスされた。オトン役には小林薫、ほかにも勝地涼、寺島進、小島聖、仲村トオル、小泉今日子、板尾創路、宮浮おい、田口トモロヲほか、多数の個性的な顔ぶれが勢揃い。さらに、リリー・フランキーと同じく、九州出身の福山雅治が主題歌を、松尾スズキが脚本を担当。原作本と異なり、映画版『東京タワー』ではあえて主人公の“ボク”をリリー・フランキーと設定せず、「観ている人たち」の誰もが主人公となれるような、パーソナルな物語として据えている。最愛の母親である“オカン”に苦労をかけていると頭では分かっていても、ついついダラダラした生活を送り、ダメな自分を変えることができない。『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』は、一見とてもドラマチックに思えるけれど、実は誰にでも身に覚えのあるような、ありふれた物語。だけど、ありふれているからこそ、誰しもの心に訴え、共感を呼ぶのだ。無理に涙を引き出そうとする過剰な描写や演出がないところもまた自然でイイ。名優たちの熱演を、詩的なナレーションと柔らかな映像で魅せてくれる。