幕末の時代――1865年冬。
井口清兵衛(真田広之)は、庄内(現在の山形県鶴岡市)の地を治める海坂藩の御蔵役(蔵の出納を管理する者)を務めていた。いつも無精髭をはやし、着物は継ぎはぎだらけ。さらに、仕事を終える夕方のたそがれ時に真っ直ぐ家へ帰ることから、同僚たちは彼を「たそがれ清兵衛」と呼んで嘲笑っていた。しかし、清兵衛が仲間たちとの付き合いを断って早々に家に帰るのには理由があった。他界した妻の病気治療費や葬式代を返済するために内職し、重度の痴呆症を抱える老母と二人の幼い娘たちの食事の支度など、畑仕事や家事がすべて彼の肩にかかっていたのだ。日々の生活に追われ、清兵衛は自分の身なりなど気にする余裕がなかったのだ。しかし、清兵衛は他人が思うほど自分の生活は惨めだとは思わなかった。「二人の娘が日々育っていく様子を見ているのは、草花の成長を眺めるのに似て、楽しいものでがんす」。とはいえ、まだ10歳と5歳の娘は、母親が恋しいだろうと思わずにはいられなかった。
春――。
清兵衛の生活に変化が訪れる。ある日、親友の飯沼倫之丞(吹越満)と再会した清兵衛は、倫之丞の妹で幼馴染の朋江(宮沢りえ)が、嫁ぎ先の甲田家から出戻ったという話を聞く。甲田家は裕福なものの、朋江の夫だった甲田豊太郎(大杉漣)は酒癖が悪く、酔っては朋江に暴力を奮っていたため離縁させたのだという。この話を聞いたすぐ後、清兵衛の家に美しい女がやってくる――朋江だった。懐かしそうに幼い頃の思い出を語り、二人の娘たちと楽しそうに遊ぶ朋江の姿を眺めているうちに、清兵衛の中でずっと前に封印したはずの恋心が再燃し始めていた。その日の夜、朋江と離縁させられたことに腹を立てた前夫・甲田が酔って飯沼に乗り込んできた。このままでは気が済まない、と倫之丞に果たし合いを申し込んできたのだ。飯沼家まで朋江を送りに来ていた清兵衛は、暴れる甲田を取り押さえ、倫之丞の代わりに果たし合いを受けると宣言してしまう。そして翌日、その果たし合いが行われた。居合の達人である甲田は、酔っていなければ手強い相手だ。その甲田相手に清兵衛は棒きれ1本で立ち向かい、あっさりと勝利してしまう。
「たそがれ清兵衛」が棒1本で甲田を負かした! この一件は城中でも知らない人がいないほどの噂になっていた。朋江も、清兵衛が自分のために戦ってくれたことが喜びだったし、清兵衛にとっても娘たちの面倒を見て可愛がってくれる朋江はかけがえのない存在になっていた。
しかし、この果たし合いが後に、清兵衛と朋江の運命を大きく変えることになるとは、この時、誰も知る由がなかった――。



日常生活の中で誰もが体験する哀しみやささやかな幸せを切り取り、丁寧に描きだす日本映画の巨匠、山田洋次。日本の心を描かせたら右に出る者なしの巨匠が描く時代劇は、ちまたに氾濫する斬り合いだらけのチャンバラ侍映画とは一線を画す。『たそがれ清兵衛』は、愛する者を守るために幕末を一生懸命生きた男の、静かで力強い人間ドラマなのだ。本作が77本目にして初の本格時代劇となった山田洋次監督は、この企画を10年以上も温め続け、時代考証にも1年以上の時間をかけたという。そこからも、この作品に対する監督の熱が伝わってくるだろう。そして結果、日本国民を感動の渦に巻き込んだだけでなく、アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされるという快挙を成し遂げたのである。
そんな勇気ある侍、井口清兵衛(たそがれ清兵衛)を完璧に演じているのが真田広之だ。寡黙で真摯な真田の演技は清兵衛という侍の人間性を見事に反映し、一生懸命に生きることは美しいことだと教えてくれる。また、清兵衛を秘かに慕いながらも、世の流れにはさからえない幼馴染の飯沼朋江役には日本を代表する映画女優の宮沢りえ。清兵衛に心を寄せながらも、その思いを口にできない複雑な心境を切なく演じている。さらに、清兵衛と果たし合いを行うことになる甲田豊太郎役には大杉漣、余吾善右衛門役には田中泯。ほかにも丹波哲郎、岸恵子、小林稔侍といったベテラン俳優たちが脇を固める。