1995年のある日。東京地裁では野々宮希和子(永作博美)の論告求刑が行われていた。彼女は不倫相手である丈博(田中哲司)と恵津子(森口瑤子)夫妻の娘・恵理菜を、生後6カ月で誘拐。その後4年間にわたって、恵理菜を薫と名付けて逃亡生活を送っていたのだ。
丈博の子どもを身ごもったが中絶し、それをきっかけに子どもが産めない身体になった希和子。自分のものになるかもしれなかった命をひと目でも見たいと丈博と恵津子の留守中に彼らの家に侵入した希和子は、恵理菜の笑顔を見た途端、衝動的に彼女を抱きあげて外に飛び出してしまう。友人宅に転がり込み、ミルクの作り方などを教えてもらう希和子。しかし当然のことながら恵理菜の誘拐はニュースで報道されることとなり、希和子は長かった髪の毛をバッサリと切り落とし、恵理菜を連れて電車に乗りこんだ…。
成長した恵理菜(井上真央)は、両親とは別々に暮らし、大学に通いながらアルバイトに精を出す日々。精神的に不安定な恵津子からヒステリックに罵倒され続け、本物の母親が誰であるか実感できないまま成長した彼女にとって、自分から家庭を奪い去った希和子は憎むべき存在だった。しかし、結局恵理菜自身も、妻子のある岸田(劇団ひとり)とズブズブの不倫関係に陥っていた。そんなある日、彼女のもとにルポライターを名乗る千草(小池栄子)が訪ねてくる。恵理菜の誘拐事件を取材したいという彼女に手渡された当時の新聞記事や裁判の公判記録などを読むうちに、恵理菜の脳裏に忘れかけていた希和子との生活がよみがえってくる。
恵理菜を「薫」と名付けて育てる決意をした希和子は、エンゼル(余貴美子)というリーダーのもとで様々な事情を抱える女性たちが共同生活を送っている「エンジェルホーム」に身を寄せることに。そこで夫の両親に息子を奪われた久美(市川実和子)たちと穏やかな日々を送っていたが、結局、カルト教団まがいの活動をしていたという理由で「エンジェルホーム」は解体。その直前に、危険が身に迫っていることを感じ取った希和子は薫を連れてホームを後にしていた。
一方、岸田との子どもを妊娠したことをきっかけに、これまで目をそらしていた自分の過去…希和子との日々と向き合おうと決心する恵理菜。実は単なる興味本位の記者ではなく「エンジェルホーム」で彼女と一緒に生活していたという千草とともに、彼女は「エンジェルホーム」の跡地を訪れ、その後希和子が暮らしていた小豆島へと向かう…。
小豆島で希和子が向かったのは、久美の実家。そうめん工場を営んでいる久美の母・昌江(風吹ジュン)は、行くあてのない希和子の事情を察し、また自分の孫と薫が同じ年齢だと知って、希和子を住み込みで働かせることに。閉ざされた環境だった「エンジェルホーム」では味わうことができなかった、ありふれた生活の中ですくすくと成長していく薫。小豆島の美しい風景に癒された希和子は、これまで見たことのなかった世界を薫に見せてあげようと決意する。しかし、恵理菜誘拐事件の捜査の手は、すぐそこまで迫っていた。
希和子が幼い自分とたどった軌跡を再びなぞることで、忘れかけていた希和子との幸せだった日々を思い出していく恵理菜。1日でも長く、薫と暮らしていけますように…という切ない祈りを捧げ続ける希和子。母親になりたいという純粋な願いだけを胸に抱き続けてきた2人の女たちが、長い旅路の末に探しだした幸せの形とは?


今年の日本アカデミー賞で、作品賞、主演女優賞(井上真央)、助演女優賞(永作博美)、監督賞など最優秀賞最多10部門と新人俳優賞(ノミネートは13部門)をはじめ、賞レースを席巻した「八日目の蝉」。女であること、母であることの素晴らしさと哀しさを描き出す、人間ドラマだ。
子役時代から大ヒットシリーズ「花より男子」まで、男勝りな気の強い女の子の印象が強い井上真央が、複雑な家庭環境で育ち滅多に自分の本音を表情に出すことのない少女・恵理菜役で新境地を開拓。そして実生活では一児の母である永作博美は、母親になることに自分のすべてを賭ける希和子を熱演し、「キネマ旬報」主演女優賞も納得の存在感を見せている。また、ルポライターを名乗って恵理菜に近づき、彼女の心の傷に寄り添い癒していく千草を演じる小池栄子、乳飲み子を連れて希和子が駆け込む「エンジェルホーム」の代表者であるエンゼルさんを演じる余貴美子、希和子と親しくなる久美を演じる市川実和子と、彼女の母親・昌江を演じる風吹ジュン。出演しているすべての女優が鬼気迫る熱演を見せ、物語にリアリティを与えている。中でも突出してすばらしいのが、恵理菜の実母である恵津子を演じた森口瑤子。夫の不倫相手である希和子を口汚くののしり、自分の分身であるはずなのに思い通りに育たない娘を半狂乱になって叱りつける。森口のヒステリックな叫び声は、女のイヤな部分を凝縮させたような恵津子の悲しみをストレートに表現していて、胸の奥を掴んで離さない。