太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)。元教員の大場栄(竹野内豊)は、家族を日本に残して、本土防衛の最重要拠点とされていたサイパン島へ送られた。しかし圧倒的な軍事力の差で日本が占領していた島々を制圧したアメリカ軍は、同年、サイパン島に上陸。大本営がサイパン島の放棄を決定する中、兵士たちには玉砕命令が下された。大場をはじめとする陸軍の部隊が総攻撃の地点に向けて移動する中、アメリカ軍の捕虜になることを避けるために次々に自決していく民間人たち。できる限り早くサイパン戦を終結させることを目標とするポラード大佐(ダニエル・ボールドウィン)にとって、日本人の「玉砕」「自決」の精神は想像の範囲外。一方、彼の部下で日本への留学経験があるルイス大尉(ショーン・マクゴーウァン)は、日本人の誇り高い精神を深く理解し、だからこそサイパン戦が簡単には終わらないだろうという予感を抱いていた。
サイパン守備隊幹部が自決を果たす中、残った兵士たちは最後の玉砕攻撃「バンザイ突撃」を決行。戦場で散る覚悟だった大場だが、砲弾に吹き飛ばされ、気付けば周囲を戦友の遺体に囲まれていた…。生存者を捜すアメリカ兵を前に、とっさに死んだふりでその場を生き抜こうとする大場。そんな彼を救ったのは、とうに戦線を離脱し、単独でゲリラ戦を繰り広げていた堀内今朝松一等兵(唐沢寿明)だった。自分が生きていられるという保証もない中で、戦地で生き残った赤ん坊を救おうする大場を、冷めた目で観察し続ける堀内。水と油のような2人だったが、ジャングルの奥地で民間人を率いて集団生活をしている大城(ベンガル)たちと出会い、彼らを救うために戦うことを決意する。
大城たちと行動をともにしていた金原少尉(板尾創路)、永田少尉(光石研)に加え、尾藤軍曹(岡田義徳)や木谷曹長(山田孝之)ら各部隊の生き残りと共に、民間人を生きて日本に帰すための大場の死闘が幕を開けた。飲用に適した沸き水もなく、食料や医薬品の補充も受けられない中、老若男女を統率して米兵から逃げ続ける大場たち。その中には、米軍に家族を殺され復讐を誓う看護師の青野(井上真央)の姿もあった。傷ついた仲間たちを献身的に看病する一方で、堀内から銃の使い方を教わり自力で米兵を倒そうと覚悟を決める青野の強い眼差しに、大場や木谷は心を痛める。
一方ルイス大尉は、島の中央にそびえるタッポーチョ山に潜伏している大場たちを殺すのではなく投降させたいとポラード大佐を説得。少ない部下とともにタッポーチョ山へと向かうが、大場の仕掛けた罠により、作戦はことごとく失敗。200名以上の民間人とともに移動しているはずなのに決して姿を見せることのない大場を、その正体はわからないままに「フォックス」と名付けて、米軍の兵士たちは恐れ始めていた。そんな中、ポラード大佐の後任として穏健派のウェシンガー大佐(トリート・ウィリアムズ)が赴任。ルイスは英語が堪能な捕虜の元木(阿部サダヲ)らの協力を受けて、今度こそ大場を投降させるために新たな作戦に出るのだが…。
日本本土の戦況も悪化する中、終わりの見えない戦いで疲弊していく日米の兵士たちと民間人たち。そして遂に、大場たちの宿営地では薬が底を尽き、大場も青野も、堀内までもが究極の決断を迫られることに。果たして大場は、多くの民間人と生き残った戦友たちを守り抜くことができるのか…?


戦争について考えたり学んだりする機会が多くなる、8月。太平洋戦争の激戦地・サイパン島の闘いを日米双方の視点から描出した話題作がテレビ初登場となる。「太平洋の奇跡―フォックスと呼ばれた男―」。過酷な戦場を、信念を持って生きぬいた1人の男の生き様から、二度と起こしてはならない戦争の無常を訴えかける、竹野内豊主演作だ。
原作は元米軍海兵隊員のドン・ジョーンズが、戦後、大場栄本人に綿密な取材を重ねて書きあげた『タッポーチョ「敵ながら天晴」大場隊の勇戦512日』と、それをアレンジした英語版『OBA, THE LAST SAMURAI』。日米それぞれの読者に向けて書かれた2つの作品を元に、映画は日本語のシーンは平山秀幸監督が、英語のシーンはチェリン・グラック監督がメインで撮影。カット割りも演出法も異なる日米2人の監督が、サイパン島で戦った日本人とアメリカ人、それぞれの目に映ったリアルな戦場を描出。それによって、日本人にとってもアメリカ人にとっても、生命は平等に貴く、戦場は平等に過酷で哀しいものであるという、ごく当たり前の事実が鮮やかに浮かび上がってくるのだ。