
1619年−1621年 油彩・銅板 23cm × 17cm
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1585年にスペイン軍に包囲されると、アントワープは、プロテスタントにとってはもはや安全な都市ではなくなった。それゆえ、宗教的迫害から逃れるため、アンブロシウス・ボスハールト(父)の両親は、より敵意の少ない北方のミッデルブルフに身を落ち着けた。ボスハールト(父)の名は、彼の弟子であり、おそらく共同制作者でもあったバルタザル・ファン・デル・アスト(1593/94年−1657年)としばしば結びつけられる。アンブロシウス・ボスハールト(父)は、花の静物画の偉大な創始者のひとりであったが、この分野は、他のヨーロッパ諸国とは比較にならないほどオランダで発展した。
ボスハールト(父)の最晩年に制作された本作品には、彼が以前に用いた、石の壁龕に花束と何匹かの昆虫を配置するという定型表現が再び使われている。描写の鋭敏さは、トロンプ・ルイユ(目だまし)的外観を際立たせ、また、植物と鉱物を結びつけることで、古代の画家ゼウクシスのだまし絵的な装置を思い起こさせる。少し前から、コンスタンティノープルより花が輸入されていたが、チューリップは希少性が高かったため、1630年代には不合理な資本投機の対象となった。ボスハールト(父)作品の正確な描写は、特に、遠方への旅行からもたらされた異国の種を扱う学問や研究に対する関心が、植物学あるいは昆虫学を通じて、17世紀初頭に増大していたことが示唆されている。ルーヴルのこの絵画は、当時の学者と芸術家を結ぶ共通の関心を色鮮やかな方法で例証している。
作品解説:ルーヴル美術館 絵画部 学芸員 ブレーズ・デュコス